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「宮本常一さん 教育について」 ⑰ [読書記録 教育]

「かわいい子には旅  - 憂いもつらいも旅で知る」



今回は9月17日に続いて、
「宮本常一さん 教育について」17回目の紹介です。



民俗学者宮本常一さんによる、教育に関しての文章です。
民俗 歴史について 詳しくなったような気になります。




今回紹介分『旅と観光』より強く印象に残った言葉は…

・「甘えた自然観」
「自然を愛する = それを守り育てること」
- 放っておくとすぐに雑草だらけになってしまう畑…
  なかなか手が回りません。守りさらに育てることは大変難しいと感じております。


・「自然をおそれるように見せながら自然を破壊することができた
動物愛護? 供養をすればいくらとって食べてもよかった」


・「タビ - 賜へ - 飯を食う」
- 語源をたどると…







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☆「宮本常一さん 教育について」 ⑰

1.jpg

◇宮本常一著作集18 『旅と観光』
 
□旅 

 ①開放感を味わう  
   
   飯盛り女 温泉 弁当


 ②参拝旅行


 ③物を背負う習慣


 ・学生が来始めると観光客がずっと来る  
   温泉 湯治 → 会合

 ・文化 京都の寺を守ったのは民衆

 ・観光地と観光地をつなぐこと
 




□観光 

 明治時代 - 団体に + 遊山の発展





□甘えた自然観

「日本人は自然を愛していると言えるだろうか。本来日本人は自然に対して甘えているけ
 れど,自然を決して大切にはしていない。木でも草でも平気で切ってしまう。」



 ・刈った後すぐに茂るから

 ・そのため随分野も山も荒れた



 明治32年 山を焼くのを止めた
役人の取り締まりが厳しくなった




 自然への畏敬の念はあった(信仰であり宗教ではない)
自然をおそれるように見せながら自然を破壊することができた
動物愛護? 供養をすればいくらとって食べてもよかった 



 我々のものの考え方処理の方法の中に「絶対」というものはなかった。「相対的」なも
のがいつもそこにあり,妥協があった。



自然への甘え
文芸上 和歌や俳句



名所
名所 旧跡を訪ね歩くのが風流人
 




□旅と自然と 

 タビ - 賜へ - 飯を食う 

 タベル- 賜る(食物を賜りつつ)


 旅人 
  山伏 念仏僧 社人 



優れた旅人が一つの土地に落ち着くことにより村も栄えた

|

修行としての登山 日本の高山 シャクナゲ


 自然を愛する = それを守り育てること

昔は信仰が支えた → 理性と意志
 




□旅と観光

 ①所用のための旅行


 ②帰省旅行


 ③観光旅行 

   豪華な旅と貧乏な旅





□道  

 道は広場 →  市や盆踊り

           |

 道があり両側の家の子が出て遊ぶ

 家の中では親たちが子どものために関心を持ちつつ仕事をしている(安心)

 山村  道さえつければ山村は変わる





□旅に学ぶ  

 菅江真澄 近藤富蔵 笹森儀助



かわいい子には旅  
   憂いもつらいも旅で知る

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「浜松の史跡」浜松史跡調査顕彰会 1976年 ② [読書記録 郷土]

今回は、9月20日に続いて 浜松史跡調査顕彰会の
「浜松の史跡」の紹介 2回目です。




今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「お江戸見たくば五社諏訪ごろじお江戸勝りの五社や諏訪」
- 戦災で焼けるまで 五社神社 諏訪神社は 大変豪華だったと言われています。


・「中央図書館 庭に石川倉次頌徳碑『点字の父』」
- 教員になってから石川倉次さんのことを知りました。






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☆「浜松の史跡」浜松史跡調査顕彰会 1976年 ②

1.jpg

◇五社神社(利町)

○県社 
  古くは城内  
  天正7(1579)年秀忠出生の際奉造


○1641年竣工 戦前まで残る  
  神官は代々森氏が世襲


○例祭 5月4日 浜松総社


○豪華絢爛

「お江戸見たくば五社諏訪ごろじお江戸勝りの五社や諏訪」






◇森暉昌屋敷跡(利町)

○1704年 19歳で上京、荷田春満に師事-国学


○五社神社の神主 
  吉田家より「光海霊神」号 現平野邸





◇諏訪神社(利町)

○現在五社神社に合祀 

 中島町六本松 → 伝馬町(1556)→西山→現在地(1634)


○水厄鎮護の神  

 杉浦氏が世襲

 旧社地に「はまホール」


○境内の碑は東の五社公園内に






◇報国隊記念碑(利町)

○神官主体

 306名の勤王の民兵隊






◇鎧掛松(元城町)

○市役所西駐車場南西隅「首実検の松」


○井上延陵が保存に力 

 昭和4.9.9暴風雨で幹が倒れる = 現在二代目






◇石川倉次先生の碑(元城町)

 中央図書館 
   庭に石川倉次頌徳碑「点字の父」


 追分町(城北二丁目)県立盲学校
   → 昭和39年に現在地


 安政6(1859)1.26 
  浜松名残組屋敷(鹿谷町)生

明治元年井上氏転封にともない千葉県鶴舞に移る


 明治23年11月1日 
  点字が正式採用 千葉・東京


 昭和5(1929)年5月25日
  倉次(時に72歳)本人を迎えて除幕式開催






◇浜松宿高札場跡(連尺町)

 現谷嶋屋書店前
   東海道が鍵の手に曲がった位置


 江戸期の浜松宿は馬込村まで


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