So-net無料ブログ作成
検索選択

(1)「腕白小僧がいた」土門拳 小学館文庫 2002年 (2)「百貌百言」 出久根達郎 文春新書 2001年 【再掲載】 [読書記録 一般]

今回は 土門拳さんの
「腕白小僧がいた」を紹介します

本の中には 懐かしき腕白小僧がいっぱい
自分の子どもの頃を思い出してしまいました



出版社の案内には

「土門拳は昭和20年代後半から30年代初頭にかけて、精力的にこどもを撮影した。
 みんな貧しく、でも生き生きと眼を輝かせて遊ぶこどもが町に溢れていた時代。
 土門はとりわけ東京の下町のこどもを愛し、彼らの中に溶け込んで、その仕草や
 表情を見事にとらえたスナップを数多く残した。それらを収めた『東京のこども
 たち』、戦前の代表作を含む『日本各地のこどもたち』、昭和35年の発表当時、
 大きな話題となった名作『筑豊のこどもたち』の3部で構成する土門拳写文集第
 4弾。」

とあります


「弁当の写真(もっていない子)」
せつなく またいとおしく 感じました

子どもらしい姿 子どもらしい表情
やっぱり子どもっていいなと思ってしまう写真集です




もう一つ 再掲載となりますが 出久根達郎さんの
「百貌百言」を紹介します

出版社の案内には

「漱石・鴎外から裕次郎・ひばりまで。二十世紀を生きた百人の多彩な生涯と、心に
 残る彼らの言葉を達意の文で紹介する『人間万華鏡』」

とあります

大変楽しめる本でした



※浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー
 ものづくりの街 浜松
 行くたびに新しい感動が得られる 山田卓司さんの世界
 5月までの開館は金土日曜日と祝日でしたが
 6月より少し変わっています
 詳しいことはホームページをご覧になってください
 ホームページにも魅力がいっぱい詰まっています
浜松ジオラマファクトリー






(1)「腕白小僧がいた」土門拳 小学館文庫 2002年

51ZCFH804VL._SL500_AA300_.jpg

◇土門拳
1909~1990 山形県酒田市生

 1935 日本工房入社  報道写真家としてスタート 

 1940 古寺撮影
 
 「古寺巡礼」ライフワーク  
    リアリズム論争



◇下町の子どもたち
近藤勇と鞍馬天狗   焚き火   落書き   泣く子   おでん屋

 帰りにキャラメルチョコレート お使いとお駄賃   のぞきからくり 
   
 金魚すくい   針金細工   夕涼み   シャボン玉  お祭りの日
   
 新香細工  新聞配達



◇露地ですべて学んだ 群ようこ(昭和29小石川生) 「早く遊びに行きなさい」母から
 
 「天気がいいのに何で外で遊ばないの」


 路地 
  - 友達 気のいいおじさん、おばさん 怖いおばあさん、おじいさん
野良猫 野良犬



◇日本の子どもたち
団らん  とっくみあい  切り株  田がき  香具師  お使い小僧



◇筑豊の子どもたち
尻っぱしょり  紙芝居   弁当の写真(もっていない子)



◇時代を超えたメッセージ  柳田邦男
「筑豊の子どもたち」1960年春  子ども大好き







(2)「百貌百言」 出久根達郎 文春新書 2001年 【再掲載】

1.jpg

◇松永安左衛門 
 明治8(1875) ~ 昭和46(1971)


電力の鬼 独立実業人


「銀行は恩人でもあるが、世の中にこれくらい甘い商売や、また張り合いのない人々、
 馬鹿の集まった巣もあるまい」(『可笑しけりゃ笑え』)


「喜びは一大難事を首尾良く成し遂げた快感だ」=登山




◇石原裕次郎 
 昭和9(1934)~昭和62(1987)


寛裕大居士 剛毅果断


「人を見下す言い方をする人が一番嫌いだ」


戒名がすべてを表す 「陽光院天真寛裕大居士」




◇乃木希典(まれすけ) 
 嘉永2(1849)~大正元(1912)年

 
 陸軍大臣 これが世の中


 乃木夫妻自決  ひょうきんな面も


「電車に乗っていると座席を狙っているものは座れず、ふらりと入ってきたものが席
 を得る。これが世の中だ」




◇古今亭志ん生 
 明治2(1890)~昭和48(1973)


三道楽  道楽大学の優等生…月謝は随分高く付く


「なんと言っても普段の勉強。勉強もしないで遊んでいたんじゃ、絶対に頭の上がる
 時なんてきやぁしませんよ」 




◇小林一三(いちぞう) 
 明治6(1873)~昭和32(1957)


 実業家・文人実業家


「親分というのは昔から不公平なものだよ。ただし親分には清も濁もないよ」


慶応出身 三井銀行入行 → 箕面有馬電気軌道

<鉄道+住宅販売> 明治43年開通 → のち阪急電鉄と合併

  アイデア  動物園、宝塚新温泉、少女歌劇団


 昭和初年の不況時 阪急百貨店食堂ではライスだけの注文客が多かった
「ソースライス」
「ライスだけのお客お断り」→「ライスだけの客歓迎」




◇永井隆 
 明治41(1908)~昭和26(1951)


 医学者 『この子を残して』


二畳一室に二人の子供と生活 如己堂 誠一と茅乃


「科学は政治を支配したが、科学者は政治家に支配されている」
「ここに現代及び将来の不安がある」




◇寺田寅彦 
 明治11(1878)~昭和10(1935)


 物理学者・随筆家 予言者


「天災は忘れた頃にやってくる」
  =似たような言い回しを弟子の中谷宇吉郎が要約して広めた


「ツマラナイというのは自分はその物事の中にあるツマルある物を発見する能力を持
 たないと白々するに過ぎない」


「自分の持っている定規に会うように人に強いることを親切と心得ている人がある。
 こういう人の定規は不思議に曲がっているのが多い」
                    (果たして自分か?と反省=ハマコウ)




◇鶴田浩二 
 大正13(1924)~昭和62(1987)

 
 男泣くなら


「男泣くなら人形のように顔で泣かずに腹で泣け」


本名・小野栄一 芸名は師匠の高田浩吉にもらった 鷹→鶴




◇宮澤賢治 
 明治29(1896)~昭和8(1933)


 ひとりの修羅 「石コ賢さん」らっきょう好き


「原稿の中から字が飛び出してきて、自分にお辞儀をした」


クラシック大好き
  「運命」から『春と修羅』




◇棟方志功 
 明治36(1903)~昭和52(1975)


 ゴッホになる


写生 描く前に景色に一礼、終わると「ありがとうございます」


昭和14年「釈迦十大弟子」


河井寛次郎
 「お前は泥棒だ。すべてをはぎ取る美の大泥棒だ。これでは美の警視庁も泣くよ」




◇徳川無声 
 明治27(1894)~昭和46(1971)


 弁士・漫談家・著述家 苦を楽しむ


「話術とはマ術なり。マとは動きて破れざるバランスなり」




◇大宅壮一 
 明治33(1900)~昭和45(1970)  


顔が履歴書


造語の名人
 「駅弁大学」「一億総白痴家」「男の顔は履歴書」




◇藤山寛美 
 昭和4(1929)~平成2(1991)


赤字中


「順番を待っているだけの人間には永久に順番は来ない」


「病気の数は千あるが、健康は一つしかない」

nice!(159)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

nice! 159

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0