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「21世紀をになう子供たち」藤原正彦(お茶の水女子大学教授=当時) あすなろ夢講座21 20060215 於:グランシップ中ホール ①(前半) [読書記録 教育]

「まず第1は子供の個性を踏みにじること」




今回は 藤原正彦さんの11年前の講演
「21世紀をになう子供たち」1回目(前半)の紹介です。




 静岡県教育委員会主催の「あすなろ夢講座21」に全県からの参加者が1000人近く。
藤原さんの注目度の高さに驚いたことを覚えています。

 教育次長が「ぶれない人」と紹介されていましたが,真っ直ぐ,分かりやすく思うこと
を聞かせてくれました。   

 毎日の現場での教育活動に当たる私にとって大変刺激になる講演でした。 



今回紹介文から強く印象に残った言葉は…

・「小学校のうちは,『1に国語,2に国語,3,4がなくて5に算数。あとは10以下。』」


・「子供を傷付けずして教育はなしえない。
『耐える力』『がまん力』を身に付けさせることが最大の課題である。」
- そう考えもしますし、そういわれてもとも思ってもしまいます。


・「子供におもねる教育が日本中に広まってしまっている。それが知識軽視に表れている。」




2つの考え方に振り回されているのが現状…でしょうか。





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☆「21世紀をになう子供たち」藤原正彦(お茶の水女子大学教授=当時) あすなろ夢講座21 20060215 於:グランシップ中ホール ①(前半)

1.JPG

☆藤原正彦氏  

 父・新田次郎,母・藤原ていの次男として1943年満州にて生まれる。1946年の引き上
げの様子を書いた母の『流れる星は生きている』はベストセラーとなる。 

 東京大学理学部卒,理学博士。ミシガン大,コロラド大助教授,お茶の水大助教授,ケ
ンブリッジ大学での研修を経て,1989年より現職。夫人は磐田市出身。




☆「21世紀をになう子供たち」

◇21世紀の子供たちに最も大切なものは次の3つである。

 
①論理的思考力


 「船頭の腕力に当たるもの」
 


②知識

「船頭の乗る,堅固な船に当たるもの」
 


③情緒力

「船頭の方向感覚に当たるもの」







①論理的思考力
 

「船頭の腕力に当たるもの」


 世界中の人が口にしている。 
   (→ 数学者は人と同じことを言うことを恥とするから,今回は説明しない。)







②知識

 「船頭の乗る,堅固な船に当たるもの」

 最近の日本では,20年来知識を軽視してきた。私は知識が最重要であると確信してい
る。


 子供たちに創造性,独創性を求めるのはもってのほかである。



「自ら考える力」だとか「生きる力」だとか甘い言葉がはびこるのは残念。




小学校のうちは漢字を徹底的にたたき込むことが大切だと考える。





◇小学校で 

 ・漢字を徹底的にしごく
    
 ・四則計算(分数・小数)をたたき込む



 小学校では徹底的に知識をたたき込むことが大切である。


 知識の復活こそが必要である。


 小学校に英語・パソコン学習などもってのほかである。


 小学校から英語にたわむれていたら国際人は育たない。パソコンに戯れていたらパソコ
ンをつくる人がいなくなる。つくるには理数の学習が大切になるから。
 


 小学校のうちは,

「1に国語,2に国語,3,4がなくて5に算数。あとは10以下。」








◇「知識を取り戻す教育」


 子供に厳しい教育が必要である。


「子供中心の教育」とは「子供におもねる教育」につながっている。「子供中心主義」の
美辞麗句が先進国の教育をダメにしている。


必要なのは,徹底的に鍛えることだと考える。「きめ細かく厳しく教育する」ことが大
切になる。


 子供を傷付けずして教育はなしえない。


「耐える力」「がまん力」を身に付けさせることが最大の課題である。
  


「がまん力不足」は先進国共通の課題となっている。

   

 イギリスでも,かつては


「テレビは家の中で最も環境の悪い位置に置かれる」


「小遣いは仕事に対して与えられる」


「悪い時は罰としてスリッパで尻を叩く=スパンク」

  
などがあったが,これが薄くなってきたと同時に,教育上の諸問題が吹き出してきた。




「がまん力不足」が端的に表れているのが,子供たちの「理数離れ」「読書離れ」である。 


 国語社会科の本は寝転がっても読める。

 理数の学習は机に正対して時間をかけなければ分からない。時間に耐える時間がないと
理数科の学習はできないし,その楽しさも分からない。


 読書はがまん。活字を一つ一つ丁寧に拾う作業の連続が読書であるから,がまん力がな
いと読書はできない。


 子供の時に「がまん力」を身に付けさせることを主眼におくべきだ。






◇「まず第1は子供の個性を踏みにじること」

 今,必要なのは子供の個性を踏みにじることである。


 日本人は言葉の美醜にとらわれてしまう傾向にある。殺人犯の人格は踏みにじられて良
いと思う。何でも尊重すればよいというわけではない。


 悪い個性は踏みにじられる必要がある。子供はそれに耐え,がまん力を身に付ける。
  

 もちろん,良い個性は大切にして伸ばすべきである。


 戦後の教育は,「身勝手」を助長してきていたのに過ぎない。
   


 子供におもねているうちは教育改革は成功しない。 



 先生と児童・生徒が平等ならおかしい。もちろん基本的人権以外は平等ではない。
  

 子供におもねる教育が日本中に広まってしまっている。それが知識軽視に表れている。
   

 戦前の「国家」「公」が,戦後「個人」にとってかわられてしまった。何事も行き過ぎ
は良くない。中庸,バランス感覚が必要である。













③情緒力

 「船頭の方向感覚に当たるもの」
 
◇重要な情緒力
 数学者は,研究しているうちに必ず「論理の限界」にぶちあたる。論理は説得技術であ
るからだ。


 人間には何一つ平等なものはない。一切の自由はない。知能指数にも差がある。しかし,
その差は,努力・環境・性格で縮められる。


 私の知人にも,知能指数200でも数学の道をあきらめなければならなかった人もいる
し,知能指数138でも「天才」と呼ばれるようになった人もいる。


 そのような差が生まれた要因は「美的センス」ではないかと考える。
 

 著名な数学者・岡潔(故人:奈良女子大学教授,教育者)も「情緒」の重要性を説いてい
る。

 岡先生は,
  

「情緒とは,野に咲く一輪のスミレを美しいと思う心だ」


と語っている。


 情緒を喜怒哀楽ととらえている人もいるが,それだけではない。私が言う情緒とはもっ
と高度なものである。それは,教育的に培われるものである。
   

 例えば他人の悲しみを共に悲しむ心である。例えば友達の母親が亡くなった時,1年生
は悲しむことが少ないが,6年生になると悲しむことができるようになる。それが教育的
に培われた情緒だと言える。
   


 次に,「美的情緒」である。

 早期教育は,「教育では,良いことを重ねすぎると逆転して最悪になる」ことを証明す
ることが多く見られる。

 イギリスに,ルース・ローレンツという少女がいた。11歳でオックスフォード大学に
入り14歳で博士論文,17歳でハーバード大学の講師になったことで知られる,
  

 数学の天才と言われた女性で今30歳を過ぎているはずだが,ここ12~13年名前を聞
かなくなった。

 それは,子供自身が身に付けるべき大切な時期をスキップしすぎてしまったからだと私
は思う。彼女は天才だったのだが,一卵性親子とも言われるほどの彼女の父親が彼女の才能をつぶしてしまった。


 天才だから,学問の天井までには行くことができる。しかし,学問を進めるためには,
それを突破させる何ものかが必要となる。その際,重要な力を発揮させるもとが情緒力で
ある。


 日常のくだらない体験が重要になるのである。


 例えばクラブで人間関係に悩んだり勉強との両立とで悩んだりすることは,情緒力を培
うことに必要なことだと言える。それを省くと楽になるのだが,大失敗に結び付いてしま
う。

 

◇論理的思考の欠陥

 論理的思考とは,「AならばB,BならばC,CならばD,・・・・・Zとなる」と例え
てみよう。その際,出発点のAは常に仮説である。
   
 その出発点となる仮説を選ぶのが情緒力(=それまでの経験)だと言える。Aを選ぶ際,
おかしなことを選べば結論に到達するまでにおかしな方向へとますますになっていく。

 情緒力が育っていないことは,危険なこととさえ言えるのではないか。
   
 論理力ももちろん大切だが,情緒力が育っているかいないかが決定的なものとなる。
  

 船頭としての方向感覚が大切になる。

 

◇大切な情緒 

 情緒の中でも,「美的感受性(美的情緒)」は重要である。日本人は,この美的感受性が
高いと言われている。それは日本人の文学を見れば分かる。


 日本の文学(古代から中世までにおいては特に)は世界一だと言える。万葉集から山ほど
優れた文学作品を拾い出すことができる(他国ではなかなか…)。


 この優れた美的感受性は,日本人の独創性に結び付いていた。その美的感受性とは,「美
しさ」「無常観=物のあはれ」「惻隠の情」などである。
  

「はかないものに対して『美』を見いだすことができるのは日本人だけだ」とドナルド・
キーン氏も語っている。 


 日本人の好む「もみじがり」は,西洋では行われない。


 西洋人にとっては,もみじは,死にかかった状態にしか過ぎない。日本人だけが,死に
かかった命に美を発見することができるのだ。


 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)も,次のように語っている。

「虫の音に聞き惚れるというのはヨーロッパでは類い希な詩人のみがしうることである。
 それを日本では普通の人が行っている」

と。また,なぜだろう,日本にはきれいな声でなく虫が多いのだ。
  

「もののあはれ」は,また,「自然にひざまずく心」である。欧米人にとっては,「自然は
征服すべき対象」であるのに,日本人にとっては「自然は偉大であり,ただひざまずくの
み…といった存在」である。日本人は,自然と心を通わせることができるのだ。 


 七五調,五七調の短歌,俳句の伝統と人気がそれを物語っている。

岡潔先生は,
  
「日本人の数学がすごいのは俳句のおかげ」

だとさえ言っている。


 17字から31字で,目の前の世界から,宇宙にまで目を向ける想像力が発揮されてい
るのだ。俳句のイマジネーションが,数学のオリジナリティとつながっていると岡先生は
見たのであろう。


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yumibaba

藤原正彦氏、好きですよ。親も本をもっと読んで
欲しいですね。「流れる星は生きている」思い出しては
何回も読んでいます。
by yumibaba (2017-05-06 04:25) 

ハマコウ

yumibaba さん ありがとうございます。
「流れる星は生きている」は母親の強さを感じさせてくれ、時々読み直したくなる本ですね。
by ハマコウ (2017-05-06 06:15) 

紺碧の書架

全ての土台となる母語をきちんと学ぶことは、とても大事です。英語の早期教育を唱える人は少なくありませんが、ダブル・リミテッドの可能性も看過できません。
 私は「教育は作為」であると信じています。「子供の個性」を受け入れるだけなら教師は不要です。
 今、心配なのは、小中高とも、教員が書類仕事や部活で多忙だということです。長時間労働で疲弊すると、生徒の愚痴をきく時間も自分が本を読む時間もなくなります。
 もっと、教員を信じて、任せるという環境を望んでいます。指導計画を立案すること、中間報告をすること、年度末に反省すること、不要とは言いませんが、そこで教員と管理職に多大な負担を強いることになります。
by 紺碧の書架 (2017-05-07 08:35) 

ハマコウ

紺碧の書架さん ありがとうございます。
学校現場のことをよくご理解くださり、ありがたく思います。新しいものが次々に取り入れられ、各方面への丁寧な説明も求められるようになり、自分の好きな勉強のみならず、教材研究さえままならぬ状況に危機感をもっています。
伸びていく子どもたちの傍らにいるのが好きだから教員になったはずなのに、傍らにいて話したり遊んだりするふれあいの時間が少なくなり、「勤務時間」後に始まる会議も増えています。
「若い教員」がのびのびと教育活動に取り組める環境作りに努力しなければと常に思い、少しずつ声を上げています。
by ハマコウ (2017-05-07 19:12) 

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