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「野に咲く花と出会いませんか」冨田富士也(子供教育フォーラム代表)(『月刊少年育成』連載 せめぎあっておりあっておたがいさま より) [読書記録 教育]

今回も 5月11日に続いて 休刊となった『月刊少年育成』誌の連載記事より、
冨田富士也さんの「野に咲く花と出会いませんか」を紹介します。


冨田さんはいつも、身の回りにある当たり前の中から、
自分が気づかなかった考えさせる話題を提示してくれます。





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☆「野に咲く花と出会いませんか」冨田富士也(子供教育フォーラム代表)(『月刊少年育成』連載 せめぎあっておりあっておたがいさま より)

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 なにげなしに見ず知らずの人と目があってしまうことがある。


 そのとき、自分の心の余裕にも左右されるが相手の人がすくんだり、反対に居丈高にな
ってこちらを見ると関係を遠慮してしまうことがある。


 そこに不快感が漂うからである。


「なにか私があなたに悪いことをしましたか」


とわざわざたずねるほどの間柄でもないし、


「眼をつけたな」


と言って因縁をつける理由もない。

 ただ当たらず障らずで時のすぎるのを待つだけである。
 

 ところがその場からお互いに離れていくことには変わりなくても、さわやかな気持ちを
残してすぎ去っていく人もいる。

 まるでタンポポの花に似て、その種は風に乗って飛んでいき、どこかでまた見ず知らず
の人にしあわせの花を咲かせるのだろう。





 私は都内の保育園での講演に出掛け、待ち合わせ駅の改札口で迎えの人を待っていた。


 前日の雨もあがり、駅のロータリーに植えられている木の青葉が私を改札口から誘って
いた。


 待ち合わせ時刻まで5分間位あったので改札を離れ、売店の階段を数段おりてその木を
あおいだ。


 そしてさわやかな気持ちをいただいて目線をおろした。


 するとそこに青年が立っていた。思わず視線が合ってしまった。ところがその青年の体
格、いで立ちがなんともあの山下清画伯に似ているのだ。


 いやテレビ番組で画伯を演じていた芦屋雁之助さんのようでもあった。


 膝小僧が見えるか隠れるかといった半ズボン。

 少し大き日のTシャツを着ているがお腹の出具合もまあまああって、私も思わず自分の
お腹をなでて「似ているな」とつぶやいてしまう。

 背には大きなリュックサックを背負い、そこには白いビニール傘が上手にくくられてい
た。


 彼か私か、どちらが先にほほ笑んだか分からないが、なんとなく私は彼のもとにTV番
組の主題歌を心のなかで口ずさみながら近づいていった。



  野に咲く花のように

  風に吹かれて

  野に咲く花のように

  人をさわやかにして

  そんなふうに 僕たちも

  生きてゆけたら すばらしい

  時には暗い人生も

  トンネル抜ければ 夏の海

  そんな時こそ野の花の

  けなげな心を知るのです

  ルルル…

      『野に咲く花のように』
           作詞・杉山政美
           作曲・小林亜星



「どこかに行くの」


 私は彼の変わらぬほほ笑みを確認してたずねた。      


 「うん」


 「そうなんだ。誰かを待ってるの」


 「うん、友だち」


 「そうか、友だちか」


 私は青空をみながら、リュックサックにぴったりとくくりつけられている白い傘が人で
もないのにいじらしく思えた。


「この傘、いいね。上手につけているね」


 私の気まぐれな問いに彼は素直に答えた。


「うん、おかあさんがつけてくれた」


「母親」と呼んでもいいはずの青年の年齢を推し量るとき、「おかあさん」という言い方
が私に「純に生きる」ことを教えてくれるようだった。


 私にはその白いビニールの傘がその青年の母親のようにも思えてきた。

 お遍路さんが″同行二人″で頼りにする金剛杖にもみえてきた。


「僕と同じだね、君のおなかも」


 私は自分の腹をさすって彼のおなかと見比べた。彼もTシャツの上からおなかをさすっ
た。


「ほんとだね、同じだね」
 

「君はいま何歳ですか」
 

「27歳」
 

「そうか、僕は47歳だよ。古いかな」
 

「そんなことないよ、若いよ」
 

「ありがとう」


 私は勝手にこの青年と母親の日常を想像していた。

 表裏一体。

 つらい人生を抱えきることで、腰がすわり、覚悟をきめることで健気な心がみえてくる。


 そんな思いを感じつつ私はもっと彼と話し込んでいたくなった。すると彼がまるで私の
独り善がりを見ぬくかのようにいきなり結論を出した。


「ホームで(友だちを)待っていよう」


 青年はそう繰り返すと私と目線を合わすことなく改札口に向かいホームのある階段への
ぼり消えてしまった。呆気ないひとときだった。



 人は学校に行くためだけに、就職するためだけに生まれてきたのではない。


 いろいろな使命をもってこの世に誕生している。


 彼はまるで野に咲くタンポポのようだった。健気な心を掘り起こすために彼はこの世に
生まれてきたのだろう。


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