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「気づいたことが優しさなんですね №48」冨田富士也(子供教育フォーラム代表)(『月刊少年育成』連載 せめぎあっておりあっておたがいさま より) [読書記録 教育]

今回は 6月 3日に続いて 休刊となった『月刊少年育成』誌の連載記事より、
冨田富士也さんの「気づいたことが優しさなんですね」を紹介します。


冨田さんはいつも、身の回りにある当たり前の中から、
自分が気づかなかった考えさせる話題を提示してくれます。


連載記事の名前は「せめぎあっておりあっておたがいさま」。


「おたがいさま」の感覚の大切さをこのごろ強く感じています。


「まず自分を大切にしてください。」という富田さんの言葉が胸の中で響きます。




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☆「気づいたことが優しさなんですね №48」冨田富士也(子供教育フォーラム代表)(『月刊少年育成』連載 せめぎあっておりあっておたがいさま より)
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 ″瞬間″は正直である。


 取り繕えないから日常生活のなかで体になじんだ、しみこんでいた価値観、行動が出て
しまう。


 だから優しく生きようと思ったら、なにかそのことについてハッと気づいたときにかみ
しめていくことが大切である。


 それが後に、″瞬間″に″効果”を出すというわけである。


 付け焼き刃の優しさは余裕があるからで、なくなれば正直な姿がでてくる。


 付け焼き刃が悪いとか言っているわけではない。


 忘れかけていたその心を今日を″はじめの一歩″にして体にしみこませていく努力をお
互いにしようではないかと提案したいのである。




 私は講演が終わる間際になると、


「いま気づかれていることをお手もとにある用紙にご記入ください」


とアンケートを聴衆にお願いする。


 落ちついて自分と向きあった講演での気づきの多くは自分のいたらなさ、思いあがりで、
気づけたことがそのまま優しさの掘り起こしになっている。


 ひそかに「自分にもこんな優しい気持ちがあったんだ」と記入しながら涙を流してしま
った、という方もいる。

 記入することで素直にその尊い気持ちが体にしみこんでいく。
 

 だから私は回収されたアンケートをみながら自分の講演がどんな気づきの援助になって
いたかを振り返ることができる。


 人は老若男女みんな優しい存在である。


 そのことをなにげない日常の一コマ一コマを通じて信じていきたいと私は願っている。
アンケートにそんな場面が記入されていると、「講演も相談活動の一つ」として受けとめ
ている私の思いがまた込みあげてくる。




 一年前までは仕事をしていたが今は

″専業主婦″という34歳の母親は、二人(5歳、10カ月)の娘とのこんなやり取りを思
い出していたようだ。
  

『ママ』
  

『なあに?』
  

『ママ』
  

『なあに?』
  

『ねえ、ママ』
  

『何? どうしたの?』 (少々うっとうしいな…という思いで返事をする)
  

 こんなやりとりが何度もわが家にはあります。上の娘はこんなとき、いつも不安でいっ
ぱいだったんですね。


 子どもは不安なときこそ何度でも

『ただいま』

と言って、母親の

『おかえり』

を聞きたかったんですね。



 さらにお母さんは娘の気持ちを察していく。

 上の娘は下の娘が生まれてから、爪をかむようになりました。ストレスの表れなのでし
ょうか。

 幼稚園の先生にも相談したりで以前よりはかむ姿も減ってきたような気もします。
  
 TVをみたりしているとかんでいる事が多いです。下の子ばかりになってしまいがちだ
ったのですが、上の娘への接し方にも気をつけてみようと思いました。


 お姉ちゃんの言葉にできない気持ちにお母さんは気づけたのである。


 自分の″力″で思い起こし、他人から指示されることなく自分の″力″で自分自身に語
りかけていく。それが気づきの″効果″であり、いつか”瞬間〃 に生きてくるのである。




 自営業の27歳の母親は、1歳8カ月の子を育てる日々からこんな気づきを得ていく。

 私は過保護に育てられたためか、集団のなかに自分から入っていくのが苦手で気付けば
はみ出していました。

 勉強はできても集団のなかで生きていく能力がないことで今でも苦労します。
   
 人を求める事は傷つくかもしれないというリスクを必ず背負うものだ、という話に少し
勇気をもらった気がします。幼いころから大好きで絶対的信仰であった母親にも不完全な
ところがあることを最近、知りました。

 完璧でなくてもいいよって誰かに言って欲しかったんですね。





 母子家庭で子どもと二人になると疲れのせいなのか、手をあげてしまいそうな不安にあ
ったと母親は記入している。

 そしてそんな心をもっていても不思議ではないことに気づき手をあげる不安が消えたと
いう。




 人に優しい人間になろうとしたら、まず自分に優しく努めなければならない。

 弱さ、脆さを誤魔化すことなく、「そういう面を抱えながらも今日も生きている自分」
を愛しく思うことである。


 気づきの″瞬間″はそんな世界である。


 だから気づきを重ねていくと取り繕えない″瞬間″に優しさが肩ひじはることなく目を
さましてくれるのである。


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YUTAじい

おはようございます。
山中城跡・・整備し過ぎ感否めません。

by YUTAじい (2017-06-10 06:24) 

ハマコウ

YUTAじいさん ありがとうございます。
広くてきれいな感じですね。
by ハマコウ (2017-06-11 00:56) 

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