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(1)キーワード「自学」②  (2)①社説「『女性の時代』に貢献 加藤シヅエ氏」 ②「中日春秋」 平成13年12月23日 【再掲載】 [読書記録 教育]

「狭いエリアのことや利益だけに気をとられるようならば、政治家を辞めよ」
「もう一度品位のある日本、日本人になってほしい」
加藤シヅエ氏




今回は 10月12日に続いて キーワード「自学」 2回目の紹介です。

「自学」 
自主学習と言ったらよいでしょうか。





総選挙の結果が出ました。
もう一つ再掲載となりますが、加藤シヅエさんについての新聞社説、コラムを紹介します。
かつての国会議員の気迫 強い気持ち 自分の思いが伝わってきます。
つい、現代の議員さんの言葉の重さと比べてしまいました。






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(1)キーワード「自学」②

◇自学方式(岩下修)
 
1 教科書・資料集の読み 

  指定範囲 自学1



2 グループでどこを読むか決定 ①

 予めグループごとに教科書を分ける



発表したい(読みたい)ところを立候補で
 


3 担当箇所の読みの練習

 自学2 グループ発表の練習と意味調べ
 


4 グループ発表(読み)と問題探し ②

 隅から隅まですべて読ませる



 発表を聞く側は疑問点・問題点を探しノートに書き出していく。


 家庭でもさらに疑問点・問題点を探し,ノートに付け加えていく。


 自学3
  テーマ 社会の問題探し

A 自分で調べたい問題

B 調べたい問題 分類・まとめ
 


5 話し合いたい問題の発表と検討 ③

 指示 「よい話し合いになる問題を発表しよう」

 自学③の成果
 


6 課題の決定 ④

 課題を絞る ← 教師が援助役



7 討論 ⑤

 自学4 問題について話し合う
 


8 討論のまとめ ⑥





◇自学ノート(低)
 
1 自学システム ノートの使い方

 提出方法及び配布法

 赤サインペンの約束
 


2 自学ノートにページを書かせる



3 自学メニューの一覧 選択に正の字



4 ノート冊数によりラベルの色を変える



5 製本(修了式に)






◇自学メニュー
 
Ⅰ 教科メニュー



Ⅱ 総合発展メニュー
 


Ⅲ 評価・目標メニュー

 Ⅱ基本テーマ
・今日のなるほどベスト10 箇条書き10個

・なるほど日記-学校-

 条件1 書き出し

 「今日○○のときになるほどと思ったことがある」


  条件2 どこでもいいから「なるほど」を使う

  ・なるほど日記-家庭-



Ⅲ「今日の○と△」

 ○は一生懸命したこと

 △は問題点







(2)①社説「『女性の時代』に貢献 加藤シヅエ氏」 ②「中日春秋」 平成13年12月23日 【再掲載】

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☆①中日新聞社説「『女性の時代』に貢献 加藤シヅエ氏」平成13年12月23日


 女性の地位向上に生涯をかけた加藤シヅエさんが、104歳でなくなった。


「性の自己決定」が女性の自立に必要なことを80年前に見抜き、常に女性を勇気づけて
きた功績は大きい。


 裕福な家庭に育った加藤さんが、生涯を通じて「女性の地位向上」に力を入れるきっか
けとなったのは、17歳で旧華族の鉱山技師と結婚したことだった。


 夫の赴任先の三井三池炭鉱で、妊婦さえもが坑内で働く姿を見て、強い衝撃を受けたと
いう。


 その後、ニューヨークに留学した加藤さんは、産児調節(家族計画)運動に取り組んで
いたマーガレット・サンガー夫人に出会い、女性の解放運動に取り組む決意をした。


 特に「自分の産む子供の数を自分で決める」ことが、女性解放に不可欠との確信につな
がっていった。


 「産児調節」と言葉こそ違うが、1994年のカイロでの国際人口開発会議以降に使わ
れるようになった「性と生殖に関する健康と権利」は、まさに加藤さんが80年前に決意
した女性解放運動の原点だった。


 加藤さんは私生活では、男爵だった夫との離婚、二男の病死、労働運動家で戦後は労相
を務めた加藤勘十氏との再婚、48歳で娘タキさんを出産、28年間にわたる衆参両院議
員生活、そして夫との死別など波乱に富んだ生涯だった。

 産児調節の運動も平たんではなかった。戦前の「産めよ、殖やせよ」の時代に、加藤さ
んは治安維持法違反で逮捕され、拘置された。


 だが、信念はゆるがなかった。


「『婦人の解放と産児制限という考えは正しい。法律を犯しているところがあったら教え
 てください』って訊(き)いてやりました」

と、自著「ある女性政治家の半生」に書いている。


 戦後は「家族計画」と呼び方を変えて内外で家族計画運動のリーダーとして活躍した。
国が豊かになり、もはや家族計画は不要と思われがちだが、「望まない妊娠」による妊娠
中絶が社会問題化している。


 一世紀余にわたり信念を貫いた加藤さんの粘り強い生き方は、女性たちを元気づけると
同時に、「あきらめず、前向きに」(加藤さん)という教訓を残した。


 加藤さんは昨年、民主党の広報誌で、20世紀の女性を振り返って、このように述べて
いる。


「日本では封建社会から民主社会に変わって、女性が自主的に愛すること、産むこと、職
 業をもつこと、発言すること、社会活動をすることができるようになりました」


 この中には加藤さんの努力と頁献が、もちろん含まれている。








②「中日春秋」 平成13年12月23日

 104歳の天寿をまっとうした加藤シヅエさんが、テレビで百歳の女性たちを見て言っ
た言葉がある。


「どなたもみんな仏さまのようなお顔になっているのね」


 そういうご本人も実にいい顔だった。

 やさしい笑顔が人びとを魅了した。そのうえ、加藤さんにはほかの百歳の方々にはない

ものがあった。

 気迫である。

 ちょうど一年前、日本初の女性国会議員として民主党機関誌に寄せたメッセージで後輩
たちを叱咤激励した

「狭いエリアのことや利益だけに気をとられるようならば、政治家を辞めよ」

「もう一度品位のある日本、日本人になってほしい」。

 こうした気迫を彼女にもたらしたのは、少女のころに聞いたジャンヌ・ダルクの物語で
ある



 国や人のために尽くす人になろう、と。

 17歳のとき、労働問題の理想に燃える男爵と結婚、一緒に行った三池炭鉱の生活が、
一大転機となる。

 貧困と子だくさんの家庭,坑内でのお産、ひもじくて泣く子をマキで殴る母。

 この体験が社会運動の出発点となった




 米国に留学後、産児制限運動に飛び込む。

「産めよ、ふやせよ」の時代だからひどい目にもあった。

 だが、信念を貫く。女性の地位や教育の向上と、母子の健康を守るには家族計画の普及
が欠かせない。

 そう考えて70年続けた運動に対して国連が人口賞を贈っている




 長生きの秘訣を聞かれ「子ども時代の理想の炎を燃やし続けること」と答えた通り、完
全燃焼の人生だった。

 今ごろは、大恋愛の末に再婚した加藤勘十・元衆院議員と再会し、楽しく語りあってい
るのだろうか。


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コメント 2

kazg

加藤シヅエさんの言葉、重みがありますね。
by kazg (2017-10-25 08:22) 

ハマコウ

kazgさん ありがとうございます。

「どなたもみんな仏さまのようなお顔になっているのね」
と言われるような政治家であっていただきたい。
by ハマコウ (2017-10-25 20:44) 

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