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(1)「児童文学のある教室」根本正義 高文堂出版社 1992年 (2)「子どもの本の作家たち」西本鶏介 東京書籍 1983年【再掲載】 [読書記録 教育]

今回は 根本正義さんの
「児童文学のある教室」を紹介します


出版社の案内には

「近年の子供たちの中に『国語が嫌い』という子供が増えている。これは、教師が一方的
 な押し付けの形で授業を進めがちだからであり、子供の意志を無視する傾向があるから
 で、子供たちが積極的に授業に参加できるような、児童文学作品を紹介していく。」

とあります


いつの時代でも同じだなと感じました



もう一つ 再掲載となりますが 西本鶏介さんの
「子どもの本の作家たち」を紹介します
大好きな本がたくさん紹介されています



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(1)「児童文学のある教室」根本正義 高文堂出版社 1992年

1.JPG

◇教材研究の視点と教材発掘

「状況認識の文学教育」
  大河原忠義の理論



「説明してはいけないもの,感じてほしいこと」



 国語科教育と児童文学との融合の軌跡



 言語教材・漢字の小さな部分
漢字の共通する部分 7つ 
     「へん」「つくり」「かんむり」「あし」「たれ」「かまえ」「にょう」



 ノンフィクションはないのか
-説明文というこの不思議なもの-

理科の教材? → 批評,論文,随筆,主張,報告,記録,手紙,日記

   <思索・記録の群>


   文学というジャンルを切り捨てたことが説明文という不思議な教材を考え出したと
  言わざるを得ない。
  
   思索や記録という表現様式を視野に入れることのできない小学国語  


文学と教育との二律背反






◇作家研究と作品研究

 坪田穣治 
  「赤い鳥」 童話の世界に死を持ち込まず 

  「びわの実文庫」
  


 子どもの本の作家たち 
吉田甲子太郎 獅子文六 福田清人 白川渥 阿部知二 小山勝清 那須辰三



 千葉省三の童話 
   郷土性 
   童心主義への反発



 大石真 
 「教室二〇五号」 秘密基地 子どもの死の問題への挑戦








(2)「子どもの本の作家たち」西本鶏介 東京書籍1983年【再掲載】

◇石森延男

「人生の教師としての文学」

戦後十年 「赤とんぼ」「銀河」「子どもの広場」「少年少女」

「冒険王」「漫画王」「おもしろブック」「太陽少年」


昭和32年 「コタンの口笛」救世主
         第一回未明文学賞(昭和33年)
  第五回サンケイ児童出版文化賞

差別貧困-はち切れそうな明るさ
→ 人間の本質に根ざした思い怒り


 石森 明治30年生 北海道 キリスト教に帰依

「石森芸術は家の血脈親子の愛情をその純粋な力としている」

  大正 5年   札幌師範卒 → 市内小学校へ
大正 8年   東京高等師範
大正12年 東京高等師範卒 愛知県成章中学校
大正15年   渡満 → 教科書づくりに没頭


 GHQ 公職追放にならず

 毎日のように司令部通い
   国語教科書づくりを訴える

 昭和23年 最後の国定教科書(文部省へ) 
「わかれ道」「白い手袋」「ぼくとなこちゃん」

 昭和25年  文部省退官

 昭和26年  昭和女子大教授
「コタンの口笛」「パトラとルミナ」「親子牛」           
        「ラバンドの死」「パンのみやげ話」


 自らの自然に対する澄んだ目と人間に対する深いいたわりあい


「心の地下水を掘り当てよう。地下水はどこにでもつながるから。」






◇椋鳩十

「ヒューマニズム溢れる動物文学」

「月の輪熊」「片耳の大鹿」


平明で格調の高い文章 
   人間と動物の葛藤をヒューマンタッチでドラマチックに
→ 生命の尊さ


昭和13年「少年倶楽部」に「山の太郎熊」
厳しい自然の掟の中で勇気をふるい知恵を持って生きようとする動物のありのまま
  の姿


   戦時中「大造じいさんと雁」「月の輪熊」「金色の川」


日本アルプスの麓の村生まれ 家業は牧場経営
 

昭和8年 山窩小説「鷲の唄」
    反戦のことを一言も書かずに生命のすばらしさを…

 「マヤの一生」昭和45年=第一回赤い鳥文学賞
静の文学の代表作


 「白いオウム」オウムと猫の愛情 昭和33年


 「カワウソの海」科学物語 + 動物小説


 椋鳩十(久保田彦穂)
明治38年 下伊那郡喬木村阿島生まれ
飯田中 → 法政大
卒業後 鹿児島県に 県立加治木高等女子校教師
教師と作家
昭和22年 鹿児島県立図書館長
昭和34年「母と子の20分間読書運動」
昭和42~53年
鹿児島女子短大教授
昭和56年 椋鳩十全集(ポプラ社)






◇斎藤隆介

勇気としての優しさと励まし


昭和42年 「ベロだしチョンマ」理論社 50歳で


創作民話 - 民話風の創作


献身の美しさをテーマにしている
     -自らを犠牲にすることの尊さ


弱者を支え合う共同体の理念
イデオロギーとは無縁に
マルキシストである前にロマンチストである






◇今西祐行

誠実に関わる人間の真実

昭和46年 「肥後の石工」日本児童文学者協会賞
           NHK児童文学賞
アンデルセン賞国内賞
まじめな作品-たしかな励まし


昭和44年 「浦上の旅人たち」野間児童文学賞


昭和17年 「ハコちゃん」


 昭和35年 「ヒロシマの歌」


昭和31年 「一つの花」「ゆみ子とつばめのお墓」
       「そらのひつじかい」






◇長崎源之助

貧しく温かな人々の哀歓

「あほうの星」S39 「忘れられた島へ」S55 
  いさぎよい傍観者


「赤ちゃんが生まれました」S45 「どろんこさぶ」S48


「焼け跡の白鳥」S44 「ゲンのいた谷」S43 


昭和45年 自宅に「豆の木文庫」やまびこ子供会


「ふとったきみとやせたぼく」

 




◇大石真

童心的リアリズムの克服 短編の名手

「風信器」

「少年のこよみ」「見えなくなったクロ」S38小学館文学賞

「教室205号」映画化も 「チョコレート戦争」

「四年四組の風」S52

数多い幼年童話 「駅長さんと青いシグナル」

人生の幸せを凝縮したもの






◇松谷みよ子

民話の中の闇と明るさ

「民話の会」昭和27年木下順二 → 「日本民話の会」

「龍の子太郎」S35 サンケイ賞 アンデルセン優良賞

「おおかみの眉毛」「ちいさいモモちゃん」「ふたりのイーダ」「死の国のバトン」






◇佐藤さとる

ファンタジーの魔術師 ファンタジー 心の解放宣言

「だれも知らない小さな国」S34 「じゃんけんねこ」S52

「どんぐりたろう」S54 「おおきなきがほしい」S47

「つくえのうえのうんどうかい」S38

「りゅうのたまご」S56






◇たかしよいち

太古へのロマンと冒険と

考古学者か児童文学者か?


「遺跡は役所や学者だけのものでなく,そこに住む住民も含めた国民のものだ」


「月の輪の子供たち」国土社・昭和54年
住民の立場での古代の謎解き


「狩人タロの冒険」S37 「埋もれた日本」牧書店S39


「古代発掘物語全集」S42~43


「日本発掘物語全集」国土社S45~50


「マンモスの悲劇」S45 「化石どうぶつ記」S51
現地実証主義 + 豊富な文献史料 + 作家の空想力
= 考古学と古生物学


構成力の巧みさ,平明でダイナミックな文体,


 スリルとサスペンス,男のロマン


「竜のる島」サンケイ児童文化賞,
      国際アンデルセン賞優良作品賞


「クレタ島のひみつ」S53 「しらぬい」S45






◇山中恒

生の原理と読み物のおもしろさ

自ら「児童読み物作家」


自らのエネルギーで現実と闘い逞しく生きていく


「赤毛のポチ」S35先駆的リアリズム小説
底辺に生きる人間の怒りと悲しみ-感動


 今ある子どもの代弁者
佐藤紅緑「ああ玉杯に花うけて」「一直線」「夾竹桃の花咲けば」


わくわくどきどきハラハラ
「火と光の子」S43 「三人泣きばやし」S48
土着的底辺でとらえられる余計者のエネルギー
「山中恒児童読み物撰集」S52


芸術的・教育的であることを拒否してバイタリティ溢れる作品
子どもの世界をユーモラスたっぷりに


「六年四組ズッコケ一家」「くたばれかあちゃん」「のんたんひん」

「おれがあいつであいつがおれで」S55 「あばれはっちゃく」


熱血小説






◇小沢正

ユーモアと寓意で描く非情な世界

「目をさませトラゴロウ」S40
  山の竹やぶにとらがすんでいた。なまえはトラノトラゴロウ。
 子どもの野生の姿


「はらぺこのとこやさん」S50


「ひるねのきらいなぷうくん」S53


「ねずみのうちわ」S52
ユーモアと皮肉






 
◇西本鶏介

昭和9年 奈良県生まれ

國學院大学卒業

児童文学評論家・作家・民話研究家

昭和女子大・実践女子大で児童文学講座 

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「自ら考える授業への変革」武田忠 学陽書房 2001年 ① [読書記録 教育]

今回は 武田忠さん
「自ら考える授業への変革」1回目の紹介です


出版社の案内には

「子どもが自ら考えるためには〈問い〉が重要だ。〈問い〉の追求の試みを四つのステッ
 プとして示し、実際の授業における〈問い〉の立て方や考え方を、文学作品・歴史・生
 物など教科書に沿った実例をあげて紹介する。」

とあります


今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「『自ら学ぶ』という営みにとって『問い』が不可欠であるという認識」
- 自問自答できるようになれば…

・「自分にとって確かな『理解』を形成していく学び方の出発点になるものが『問い』に
 他ならない。」

・「日常性のなかから問いを!」





<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

ものづくりのまち 浜松
 山田卓司さんのすばらしい作品が 
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☆「自ら考える授業への変革」武田忠 学陽書房 2001年 ①

1.JPG

◇なぜ「問い」なの

□「覚えることが中心」授業が一般的

↑↓

 「学ぶ」楽しさや「わかる」喜びが充実感が持てない授業

「問い」
  = 自分にとっての確かな理解を形成していく学びの出発点

何が確かかを「問い」「考える」ことなしに「おぼえる」ことを超えて自分なり
   の「理解」にまでたどりつくことはできない



□学力 
 ①学んだ結果としての学力

②学ぶ能力としての学力  問い、疑問



「自ら学ぶ」という営みにとって「問い」が不可欠であるという認識

  


□「教える」ことが教育であり、それを「おぼえる」ことが「勉強」であるか?



  「おぼえる」は「ゴール」に値するものなのか?

    →「意味」が「分かる」ことが知識ではないか

     「覚える=理解」ではない
    

  物事を理解するためには自分の知識につないで、そこに納得できる確かさ、真実性を
 見出していくための新たな追求、思考の過程が不可欠となる。その自分にとって確かな
 「理解」を形成していく学び方の出発点になるものが「問い」に他ならない。  
         


□おぼえる < 問い考える

     学力 ① 学んだ結果としての学力
② 学ぶ能力としての学力

              ↓

        問いの研究を!






<問いから始まる自ら学び自ら考える授業への変革>

◇問いを忘れた日本の学校教育
  
□「教える」こと中心は「問い」「考える」教育の放棄の責任=大人の責任 


 
□教師の可能性をも閉ざしている
  → 日常性のなかから問いを!


 
□当たり前すぎることの中に「問い」がある






◇「自ら学び自ら考える授業」に何が必要か

□「考える」
 =「経験や知識を基にして路の事柄を解決(予測)しようとして頭を働かせる」(新明解)


 
□考える前提は自発的な問い


 
□知性 = 意味まで知っている確かな知識



  真実性は学び手の「問い」を通して、「内なる真実」として確信され、理解し直され
 ていく過程を経てこそ初めて自分にとっての「確かさ」に結びつく



□「問い」→ 考え、調べ、確かめ、わかり、納得する

他人とは異なる自分の存在
   


□自己点検としての「自問自答」

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