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「宮本常一さん 教育について」 ③ [読書記録 教育]

今回は 5月22日に続いて 宮本常一さんの数々の著書から
「宮本常一さん 教育について」3回目の紹介です。




「忘れられた日本人」で知られる民俗学者、宮本常一さん。
宮本さんは、元小学校教員。
わたしが読んだとき
「これはこれからの教育での実践につながる」と考えたものを要約して記してきました。
それらの要約の一部です。



今回紹介文から強く印象に残った言葉は…

・「逢魔が時 
  逢魔が時には必ず挨拶しなければならない
挨拶がないのは魔物」
- 魔物が多くなっています。


・「子どもの世界の喪失
  『主体性を持った子供の世界がぐんぐん突き崩されていって,次第に子供が親に隷属
   していく形を取り始めた」


・「昔の子  
  ・どこへおっぽり出されても泣き言は言わない。
・何をしておってもすぐに友達ができる。」


・「大切なのは親が子を突き放すこと」




40年以上も前に書かれたものばかりですが、大切なものはかわらないと強く感じます。






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☆「宮本常一さん 教育について」 ③

1.JPG

◇子供の世界
 
□子ども組・子ども宿 

 絶対ルール 

 泣いて帰っても門まで(親は干渉しない)



□逢魔が時 

 逢魔が時には必ず挨拶しなければならない

 挨拶がないのは魔物



□月夜の晩の楽しみ = 語り物



□教育(宮本)

 子どもの世界の喪失
「主体性を持った子供の世界がぐんぐん突き崩されていって,次第に子供が親に隷属して
 いく形を取り始めた」


 土地・故郷を大切に
「明治以来の教育というのは,口ではいろいろなことを言っているけれども、そこに住ん
 でいる人たちをその土地からどう切り離すかということに終始していた」

       ↓

 古い文化が消えていく

郷土芸能をカリキュラムに!



□親の働いている姿を見る

 → 生きるということ



□工夫とか創造とかが消えていっている

 → 空想力・想像力を



□子どもの変化
○昔の子  
  どこへおっぽり出されても泣き言は言わない。

何をしておってもすぐに友達ができる。


○今の子  
  電源一本切られると生きていけない = 一種のかたわ(ママ)

          ↑
    
  大切なのは親が子を突き放すこと



□星野哲郎

 子どもの川遊び
「親が見張りに来るようになったら溺れだした」

  ↑

  子どもの連帯感が事故を防いでいた

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「盛り上がる義務教育の改革論議」竹原泰三 ジャーナリスト  『月刊少年育成』2004年12月号より [読書記録 教育]

今回は 「月刊少年育成」誌 竹原泰三さんの連載記事より
「盛り上がる義務教育の改革論議」を紹介します。

記事が掲載されてから13年、13年間に変わったこと変わっていないこと。


ただ、教育が政治に利用されているのではないかという危惧はなくなりません。

昨日雨上がりの畑で土器片を2つ見つけました。
なんだかうれしいものです。

(写真は以前載せたもので昨日のものではありません)
DSCN1366.JPG


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☆「盛り上がる義務教育の改革論議」竹原泰三 ジャーナリスト  『月刊少年育成』2004年12月号より

1.jpg

 少年による凶悪犯罪の増加、教員の指導力不足、学習指導要領の改訂にともなう学力
低下、家庭での子育てのあり方など、教育の根幹に触れる問題が大きな議論のテーマに
なっている。


 その外側では、憲法や教育基本法の改正が政治課題になっている。


 高度経済成長にうかれた戦後の日本が、いま大きな転挽点にさしかかっている。


 そんな中、義務教育のあり方そのものが問われている。




 直接のきっかけは、全国知事会など地方6団体がまとめた「義務教育費国庫負担制度」
の廃止案だ。この制度は、全国の公立の小中学校の教職員の給与のうち、半額を国が負
担するというもので、今年度の予算額は2.5兆円にのぼっている。


 ところが、国の補助金を削減する代わりに、その税源を地方に移譲するといういわゆ
る「三位一体」の改革の一つとして、地方6団体は、平成18年度までに国庫負担金の
うち、中学校分の8500億円を廃止する案をまとめた。


 これに対して文部科学省が真っ向から反対している。


 義務教育は、教育の機会均等と教育水準の確保、そして、無償制という教育の根幹に
関わるもので、国が責任を持つべきだ、というのが文部科学省の言い分だ。


 つまり、補助金を廃止して、税源を委譲すると、財政的に豊かな自治体と余裕のない
自治体の間で教育予算に格差が生まれ、平等な教育ができなくなる、全国共通の最低限
の教育は国が保障するのが当然だというのだ。




 これに対しては、反対は文部官僚が自分たちの権益を守るためのもの、国の補助金が
なくなれば、地方はもっと自由に - 地域にあった教育ができる、という意見もある。



 しかし、問題はそんなに簡単ではない。ことは「国家百年の大計」を左右するものだ。



 そもそも義務教育では子供たちに何を教えるのか。それは中央集権でやったほうがい
いのか、地方が個性を出してやるのか。義務教育の根本が問われている。



 地方6団体の「国庫負担金」廃止の動きに先立って今年8月、当時の河村文部科学大
臣が独自の義務教育改革案を打ち出した。


「六・三制」の弾力化、教員免許の更新制など、項目はいくつかあるが、朝日新聞のイ
ンタビューによると河村前大臣は「焦点は義務教育費国庫負担制度の存廃だった」と認
めている。


 そして、この時期に改革案を出した理由について、「国民の皆さんも教育について、
いろいろ議論していただけると思った」と話している。確かに大きな一石を投じたこと
は間違いないだろう。


 しかし、結果は大臣の思惑どおりになるのかどうか。


 いま、義務教育の原点について議論することは、単なる財源云々だけの問題ではない。
同時にこれまでの教育行政のあり方、さらには文部科学省の信頼性が問われることでも
ある。


 ところで、河村前大臣の改革案には興味を引く点がいくつかある。


 その一つは「六・三制」の弾力化である。


 日本の教育は、小学校6年間、中学校3年間でずっとやってきた。

 しかし、河村前大臣は、中学校に入ってからの「いじめ」や「不登校」も、小学校高
学年から中学校へのつなぎに問題があるという。


 こうした問題に対して、東京の品川区がすでに研究に取りかかっている。


 品川区では、小学校と中学校の垣根を取り払い、義務教育の9年間を一貫教育で行う
ことにしている。そして、最初の4年間は読み・書き・計算などの基礎・基本の学習の
徹底に重点を置き、あとの5年間は子どもの個性や能力を伸ばす学習を重視する。さら
に、あとの5年間のうち前半の3年間は習熟反別学習の充実にあて、最後の2年間は自
学自習を重視するとしている。


 いわば「四・三・二制」ともいうべき制度で、平成18年から実施することにしている。



 興味の二つ目は、学習指導要領とも関係するが、義務教育が終了するまでに子供たち
が到達すべき水準を研究し、到達目標が身についていない場合は留年もありうる、とい
うものだ。


 そういえば、学習の中味を細かく規定してきた指導要領について、文部科学省が、学
力低下の指摘を受けて「学習指導要領は最低基準」と言い換えたのも、いま考えると、
留年制を取り入れるための布石だったのだろうか、と言いたくなる。



 日本の義務教育は、大改革の前夜である。「どんな朝になるのだろうか」と無責任な
ことを言うのはやめよう。


 他人まかせですむことではない。国民みんなで考えるべき問題だ。まさに「国家百年
の大計」である。


 夜明けまでにはもう少し時間がある。
 おおいに議論しよう。

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