So-net無料ブログ作成

「浜松の史跡」浜松史跡調査顕彰会 1976年 ④ [読書記録 郷土]

今回は9月26日に続いて 浜松史跡調査顕彰会の

「浜松の史跡」の紹介 4回目です。





今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「このとき旧蹟小沢渡の海辺より小松の木を持ち帰り社領内に(植えた)
 = 『ざざんざの松』」
- 「浜松」のいわれとも…。


・「三方原合戦は徳川家康の負け戦」
- 浜松市犀が崖資料館に三方原の戦いの資料が展示されています。








<浜松の新名所 浜松ジオラマファクトリー!>

  ものづくりのまちとも言われる浜松。
 山田卓司さんのすばらしい作品を 
 ザザシティ西館の浜松ジオラマファクトリーで味わえます。
 お近くにお寄りの時は ぜひ お訪ねください。

浜松ジオラマファクトリー









☆「浜松の史跡」浜松史跡調査顕彰会 1976年 ④

◇八幡宮と雲立の楠(八幡町)

□八幡宮 - 戦前は郷社 

 仁徳天皇の御代、遠江会場鎮静のため海神玉依姫命を蛭田郷の許部(きょべ)の里にお迎
えして小沢渡許部神社と言った

 = 延喜式所載の許部神社





□天慶元(938)年曳馬の里に奉遷

 このとき旧蹟小沢渡の海辺より小松の木を持ち帰り社領内に(植えた)

 = 「ざざんざの松」
DSCN0079.JPG

 1051年源義家東征の時当社に参籠し楠の下に源氏の旗を立てた

  戦勝祈願 → 「御旗の松」





□江戸期 将軍家祈願所となる 

 毎年8月15日幕府より使者「天下祭」


 大楠「雲立の楠」

1051年

 八幡太郎義家が安倍より時を征伐する為東国に下向したとき参籠

 = 地名が八幡とはめでたい









◇松島十湖碑(八幡町)

□「はま松は 出世城なり 初松魚」十湖


□文学と治世(麁玉、引佐郡長、県会議長) 豊西町









◇颯々の松(野口町)

□八幡宮由来

「天慶元(938)年八幡宮が小沢渡より曳馬野に遷座したとき、白狐があらわれて、松の苗
 を二本持ち、一本は小沢渡の宮跡に植えた。これが小沢渡の音羽の松で、もう一本は八
 幡宮の宮辺に植えた。これを颯々の松と言った」

と記されている







◇見返りの松と鳥居松(?)・旗立の松(鹿谷町)

□東海道馬込橋西際




□三方原合戦は徳川家康の負け戦

 名だたる家臣の多くが討ち死に
  本多肥後守忠真、夏目次郎左衛門吉信
  
   大久保七郎左衛門忠世 → 犀ケ崖に旗








◇秋葉街道大鳥居(田町)

□田町 - 池町 - 下垂町 - 二俣 - 光明山


□田町の分岐点に大鳥居

 = 江戸後期・青銅製









◇蒲神明宮(神立町)

□郷社

 → 県社(大正10年)




□806年創建 874年従五位下 

 はじめ蒲大神 → 蒲神明宮




□神司家 - 蒲氏として以来30余代

 平治の争乱の後 源頼朝の弟・範頼が少年期を過ごす

 この家の当主が源清倫の娘と契り一人の女子 = 藤姫



nice!(136)  コメント(0) 
共通テーマ:学校