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『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)静岡県女子師範学校郷土研究会編 羽衣出版 1994年 ① [読書記録 郷土]

今回は、静岡県女子師範学校郷土研究会編による
『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)1回目の紹介です。


出版社は羽衣出版。いかにも静岡らしい名前です。



労作、大変素晴らしい内容で、採話してきた学生さんの苦労を考えてしまいます。



今回は、伊藤ことさんが採話した周智郡城西村野田・現磐田郡佐久間町の「山男」「山婆」。
現佐久間町とはありますが、平成の大合併により現在は浜松市天竜区となっています。






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☆『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)静岡県女子師範学校郷土研究会編 ①

1.jpg

1山男、山婆、巨人、天狗の話



(1) 山男(周智郡城西村野田・現磐田郡佐久間町)


 水窪の奥の西浦の氏神様になっている観音様のお祭りの時に、祭りに飽きた男が一人で
夜遅く帰りかけた。


 瀬戸の沢という所まで来ると、向こうから誰かが

「田楽チャーチ、田楽チャーチ」

と言って、観音様の舞を舞いながらやって来る。


 くらやみをすかして見ると、それは雲をつくばかりの大男であった。


 男はびっくりして、ぶるぶる震えだしたけれども、どうすることも出来なかった。


 すると、どこからともなく山犬が現れて、その人におおいかぶさり、すっかり見えなく
してしまった。


 山男は

「人くさいと思ったら犬だっけ」

と言って、また同じ舞を舞いながらどこへともなく行ってしまった。


 その男は、犬のお蔭でようやく一命を拾った。                   
                                (伊藤こと)








(2)山婆 (周智郡城西村野田一現磐田郡佐久間町)

 西浦のシナゴという家に、まだ年若い娘があった。


 そしてその娘は毎晩のように藤をうんで(さいて)は糸にした。


 すると毎晩のように、どこからともなく山婆がやって来て

「私も手伝わず」

と言っては、藤をさいて手に巻き、一杯になると外してその端を火で焼き、灰を手のひら
に落としては、それをガクツとひと飲みにしてから吐きだすと、もう美しい藤の糸が出来
ていた。


 山婆はそれを束にして

「今夜も一つチヤンコロリン」

と言っては二階に放り上げた。


 そして娘とすっかり仲良しになって、毎晩来ては藤をうんだ。


 しかし後で見ると二階には何も無かった。


 家の人達は、これは、きっと山婆が娘をどこかへ連れていって食べるに違いない。


 そうならない前に山婆を殺さなければと思って、いろいろ考えたあげく、毎晩仕事の済
んだ時に出す茶玉(だんごに茶の粉をふりかけたもの)の代わりに、それと色も形もよく
似た川石を拾って来て、それを焼いて食べさせることに決まった。


 その晩も相変わらず山婆はやって来て、同じように藤をうんだ。

 家の人は一生懸命石を焼き、さていよいよ帰るという時になって、いつもの茶玉のよう
にその石を山婆の手にのせてやった。


 そして、熱くはないかと聞くと、ちっとも熱くはない、と言って、それをひと飲みにし
てしまった。


 ところが、そんな熱いものがお腹の中へ入っていったからたまらない。


 山婆は、熱い熱いと言って狂いまわり、何か冷たいものをくれと言った。


 そこで家の人達は大急ぎで油を飲ませたから、なおさら山婆は狂いまわり、ついにお腹
が大きな音を立てて破裂して死んでしまった。


 その家は今も残り、しかもその罰で、働いても働いても貧乏を続けているという。

                                  (伊藤こと)



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「浜松の史跡」浜松史跡調査顕彰会 ⑨(最終) [読書記録 郷土]

今回は11月 3日に続いて 浜松史跡調査顕彰会の

「浜松の史跡」の紹介9回目 最終です。





今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「河村邸に『槇の古木』(三島)」
― 以前勤務した小学校の学区にありました。立派な槇の木です。

・「将軍塚(田尻)」
ー 同級生「あきら」君の家の近くです。

・「木曾義仲の落人伝説 1184年頃田尻港に」
- 浜松市新津地区のどこに田尻湊があったのか非常に気に掛かります。
  江戸時代中期まで掛塚湊より田尻湊が天竜川での輸送の中心だったと聞きます。 


・「古民家」
- 各地区に大きな庄屋さんがいたことが分かります。


DSCN1216.JPG
    <蜆塚遺跡の貝塚断面>




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☆「浜松の史跡」浜松史跡調査顕彰会 ⑨(最終)


◇河村邸に「槇の古木」(三島)
  
 江戸末期 2代 庄屋 「三島の又蔵様」




◇将軍塚(田尻)
  
□八柱神社の東北50m 
  「長次郎様」松本哲一宅
  


□屋敷の一角に巨岩 
  現在地より五m南側の古墳
  


□将軍塚 
  金山様 明治27年頃取り壊された   

75㎝の三振と鉄製鎧



□木曾義仲の落人伝説 
  1184年頃田尻港に

松本姓・牧野姓は落人の末裔?
  


□江戸中期まで田尻港の存在





◇麦飯長者 

□小野田家の五郎兵衛



□麦飯長者 
  施食 
  振る舞い施食 - 明治初期まで100年





◇かめ塚古墳(呉松町)

 前方後円墳





◇高林の百段(高林町)
  
 少林寺~白山神社 

 高林の百段 実際は113段





◇阿弥陀遺跡(曳馬町) 

 上島小学校西






◇古民家

□鷹森家の長屋門(天王町)



□竹村家住宅(入野町) 
   代々酒造 
   浜松地方の文化的リーダー



□内藤家屋敷門(貴平町) 
   恒武町バス停の50m南 通称「表」



□松島家住宅跡(豊町) 
   笠井ゴルフセンター



□須部家とその長屋門(都田町)



□高林家住宅と長屋門(有玉南町)



□竹山家の長屋門(天王町) 
  笠井街道 磯部医院の北側



□木村家住宅と長屋門(中田町) 
 「中田西」バス停


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