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「土のいろ」集成 第八巻 75~83号 1981年 ①(前半) [読書記録 郷土]

「茶と百姓は絞るほど出る」
「手ぬぐいと百姓は絞るほど出る」
「百姓と灰俵は叩くほど出る」
「百姓は油の如く絞るほど出る」


江戸期の農業俚諺抄ですが いかにもと思う言葉ばかりです。




今回は 遠州地域の郷土雑誌の復刻である 
「土のいろ集成」第八巻の紹介 1回目(前半)です。



「ひくまの出版」から出されていました。
浜松の絵本、童話、少年少女文学、子どもに関する本を多数出していた出版社ですが、
残念ながら3年前になくなってしまいました。


柳田国男の民俗研究に連動して生まれた浜松の郷土誌「土のいろ」。
今回紹介するのは、昭和7年から昭和8年、およそ80年前以上前の地域誌です。
飯尾哲爾さんを中心とした教員が同人となり寄稿した雑誌であり、
教員の意欲と地域を大事にしようという思いを強く感じます。



今回紹介分から強く印象に残った言葉は…

・「漂着した御神体」
- いろいろな場所で伝えられています。


・「平田篤胤 学問から実践へ
→ 古道が『日本中心主義』に,熱烈な祖国愛」


・「『日本書紀』百姓を『おほみたから』」


・「富塚村の水車  浜松産業史の一」
- 浜松では水車産業が盛んだったのですね。
  浜松出身の作詞家・清水みのるさんは『森の水車』で知られています。
  並木路子さんのうたを聞くと「富塚」を想像しそうです。  



「土のいろ」 

本を開いているとあっという間に時間が過ぎてしまいます。
全国各地に郷土誌運動が盛んだったと言われています。








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☆「土のいろ」集成 第八巻 75~83号 1981年 ①(前半)

1.jpg

◇月報8

□宿神譚と南島 福田晃  

○中道朔爾「漂着した御神体」
  


□日本の茶 もう一つの流れ 中村羊一郎
     
○もむ茶(庶民の茶=煎茶) と もまない茶(抹茶)
 
     ∥   ∥

煎茶 抹茶
  


□土のいろ校訂余録8  続白洲人形 佐藤彰







◇第15巻第1号 通刊75号 昭和13年3月
  
□放送  遠江文化史講座 



□遠江の画家 中道朔爾

 ○福田半家(見付),平井顕斎(榛原郡川崎),永村茜山(崋山門下十哲)



□独湛禅師と初山文芸 近藤用一

○帰化相 隠元禅師の伝導布教


○四大禅師 隠元,木庵,即非,独湛

詩文・書画堂・茶道・彫刻,建築


○独湛  隠元禅師と共に来朝

    → 摂州富田の普門寺

   → 引佐郡中川村瀬戸初山宝林寺 「安心法語」



□遠州報告隊の精神運動  深谷芳太郎

○参加者 

 神職が多い - 国学の思想


○国学 - 百姓一揆と同様,当時の道徳・学問に反抗して起こったもの


○元禄 下河辺長流 契沖

二条家等の歌についての秘事口伝を批判


○享保・寛政 賀茂真淵,本居宣長

学問の自由研究 → 儒教・仏教との対立

「ひたぶるに直き心」「古道」の解明


○天保 平田篤胤 学問から実践へ


 古道が「日本中心主義」に,熱烈な祖国愛



明治維新の原動力に



□遠江に於ける国学

○浜松諏訪神社 杉浦国頭 

 国学・尽敬会

 弟子 賀茂真淵

 弟子 栗田土満・内山真龍

 門下 小田重年・石塚龍磨,高林方朗

文化文政 国学研究会

天保   国学研究会  100以上に



精神が実を結んだものが「報国隊」
  


□報国隊の精神 

○元治 
  高林方朗の弟子 有賀豊秋(有玉)中心に国学研究会

  時事,勤皇を論じる



鳥羽伏見の戦の報国 官軍に参加  300余命の同士 「報国隊」


○大村益次郎 靖国神社

上野山で戊辰の役に殉じた忠魂を祀る招霊魂社
  


□遠州の和算家について   塚本五郎

○天元術 - 関孝和によって点さん術(台数)と円理(積分)が発明


○和算 = 徳川時代の算法 算木と算盤


○測量方面 

 慶長12年 京都・吉田光好が 家康の命で天龍川の船路



 天龍川の河幅を広め 水道を深くして船筏の航行を容易に


 明治半ば 北庄内村白州堀野権吉が天龍川を2か月測量

中の町の丸一運送店に頼まれて


 嘉永5年 金指町の渡辺兵治 遠州地図を初めて発行
道路・田畑等の測量
    

 見題免許 十人のみ 藤川春龍・青木新六・原田田兵衛優れる
  


□井ノ田川掘り割りと井上延陵翁 渥美静一
  


□昭和12年11月6日 

 JODC浜松放送局ローカルとして放送 








◇第15巻第2号 通刊76号 昭和13年6月
  
□農業俚諺抄   富田準作 

「農は国の本」  『日本書紀』百姓を「おほみたから」と
   
「稲は五穀の王」 

「粒々辛苦」

「米一粒汗一粒」

「粟一粒は汗一粒」

「五穀は民の汗」  

「一粒万倍」

「百姓百層倍」

「肥料よりも鍬」

「主人の足跡は麦の肥料」

「田畑の足跡は主人の足跡より善きはなし」

「麦と舅は踏むが善い」

「麦は百日の播期に三日の刈旬」

「朝起きは三文の徳」

「彼岸過ぎて麦の肥」

「秋日和半作」

「秋場半作」  秋の天候が年の豊凶に作用

「茄子は友露受けねば千なる」

「小豆は友の露嫌う」  間隔

「牛蒡は同じ土地に二年つらぬく者は馬鹿」

「生姜は田植え歌聞いて芽を出す」

「穀を粗末にすると目が潰れる」

「穀を粗末にすると病にかかる」

「十一月二十日大根畠に入ってはならぬ」

「七月七日畠に入ってはならぬ」

「二月の白畠,三月の降り麦」  二月の雪三月の雨は麦によい

「雨栗日柿」

「金柑と橙は西風を嫌う」

「梨尻柿頭」  味のよき所

「渋柿の核沢山」

「貧乏柿の核沢山」
   
「桃栗三年柿八年柚は九年で花盛り梅はすいとて十三年」

「雪は豊年の瑞」

「雪は豊年のためし」

「雪は豊年の貢ぎ物」

「とよの雪」

「秋の稲妻千石増す」

「桜伐る馬鹿,梅伐らぬ馬鹿」  梅は年々枝をはらうがよい

「命あっての物種,畑あっての芋だね」

「木七・竹八・塀十郎」  木は七月竹は八月に伐るがよく,土塀は十月にぬるがよい
「十月の投げ木」  落葉後に移植すれば粗末に植えてもよく生育する

「二月の投げ松」

「秋なす嫁に食わすな」
   ①うまいから
   ②ネズミの異名「嫁が君」
③種子がないから  ネズミに食わすな

「西瓜喰うままに居れず」 = 衣替えの準備を要すること

「牛を馬に乗り換える」

「牛売って馬買う」

「牛に経文」

「金秋のさい(修繕)と昼飯は早い方がよい」

「昼は茅刈れ,夜は縄なえ」

「彼岸太郎・八専二郎・土用三郎・寒四郎」


徳川期
「茶と百姓は絞るほど出る」

「手ぬぐいと百姓は絞るほど出る」

「百姓と灰俵は叩くほど出る」

「百姓は油の如く絞るほど出る」


「土一升米一升」

  

□富塚村の水車  浜松産業史の一 中村精

○水車 
 ①精米・麦 
 
 ②製油

 ③製粉

 ④製綿・紡績


 種類 ・流し車 ・押し車 ・屋根車(落差)


○盛衰の原因 地理的好条件

 盛 ①浜松に隣接 ②佐鳴湖-浜名湖 船便好都合

 衰 ①鉄道開通 ②石油・電力


○水力電気事業の計画

 浜松電燈合資会社(濱松町竹田寅吉ほか一名) 明治26・27年


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「六所神社に奉納された楠正行の剣 おらが先祖は大楠公 町ぐるみが小楠姓の浜栓市堤町一帯」出典不明 ②(下) [読書記録 郷土]

今回は 3月9日に続いて 出典不明はですが(おそらくは『東海展望』誌か?)
「六所神社に奉納された楠正行の剣 おらが先祖は大楠公」2回目(下)の紹介です


隣の町のお話をおもしろいなあと思って読みました
いかにも伝説と言った内容です


わたしの町にも小楠姓は多いのですが もとは堤町の出だとよく言われています

「小楠伊吉さん」の家を知っていますが この話は知りませんでした


遠州地方には南朝方の話が残っています
大河ドラマ井伊氏の話にも…




「…果して楠木氏の系譜を継いでいるかどうかは疑問の余地があるとは思いますが、われ
 われはわれわれなりの解釈をしています…」

- この言葉がスキです



一昨日は日帰りで京都へ行きました
行きは3時間 帰りは4時間
少し時間ができたので府立植物園に行きました
特別展 身近な雰囲気があたたかく感じました
「ミツマタ」は本当に三又なのですね
2.JPG3.jpg1.JPG4.JPG



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☆「六所神社に奉納された楠正行の剣 おらが先祖は大楠公 町ぐるみが小楠姓の浜栓市堤町一帯」出典不明 ②(下)


◇伊之助と伊左衛門

 しかし伊兵衛による南朝方の志士結集はそうたやすいものではなかった。


 第一遠江は今川氏の勢力圏内にあり、土豪のうちにも今川氏に従属していた者が少くな
かったからである。


 伊兵衛が遠江で東奔西走している間に天下の形勢はガラリとかわった。

 九州より東上の足利勢の大勢を前にした正成は、足利尊氏に和議を申入れたが聞き入れ
られず、わずか700騎をもった。


 正成の子正行も父の遺風をうけ南朝につかえ、一時は勢力をもりかえしたが、南下した
高師直の大軍と河内国四条畷においてぶつかり、壮烈な死をとげた。


 それより前南朝勢危し!とみた正行は遠江において勤王の志士を募っていた小楠伊兵衛
のもとに家来を発し、援軍をたのんできたのである。

 正行は使者を遠江に出発させるにさいして、自分の持っていた剣を手渡し、「伊兵衛に
この剣を…」とたのんだ。

 剣をしっかり抱いた家来は夜を日に次いで東海道を東下遠江についた。


 が、しかし、伊兵衛には援軍を組織するだけの兵がなく、自分自身の身体さえ自由がき
かなくなっていた。


 そこで正行の剣を六所明神に奉納し、ただひたすら南朝の勝利を祈願し続けた。


 ところが祈りも空しく、正行四条畷の討死の報せに、伊兵衛は刀をすてて一百姓として
堤村に帰農してしまったのである。


 正行の剣はそのまま六所神社に宝物としてつたえられ、昭和も戦前まで保存されていた
というが今はない。


 伊兵衛には3人の男子があった。長男伊兵衛(襲名)、次男伊之助、三男伊左衛門であ
る。


 長男伊兵衛の子孫はその後数代にわたって堤村に居住、新家や分家を生んでいったが正
統の伊兵衛家(何代かは判らない)は江戸時代に下諏訪に移っていったという。


 下取訪では生糸問屋を開き、屋号は本祖橘家の名に因んで橘屋と呼んでいたという。 

  
 次男伊之助は堤村の西のはづれに分家した。屋敷を構えたところは堤から小沢渡に行く
道路の北側で今は畑地となっている。


 この伊之助の流れも新家や分家をつくり野崎一帯で小楠姓を名乗っているのはみな伊之助の一統であるという。


 三男伊左衛門は伊之助の屋敷の西側に分家したといい、その後裔が現在堤西に住んでい
る小楠伊吉さん(教員・倉松)である。





◇好徳寺と観音堂                                

 伊吉さんの父親は伊一郎(故人)といい、同家は代々名前に「伊」の字を用いるしきた
りになっているという。


 この伊吉さんの家を土地の人は本家とも呼んでいる。


 どういう理由からかは判らないが、堤町にある唯一の寺福寿山好徳寺の檀家筆頭も伊吉
さんの家になつている。          .


 好徳寺は六所神社から西方50m、集落のほぼ真中にあり、臨済宗方広寺派で大通院末
として戦国時代に開かれた寺である。


 開山は臨室源和尚で、寺記によると文禄3年(1594)4月12日の示寂、中興は6世竜南
長和尚で元禄5年(1692)4月に没している。


 その後幾多の盛衰を重ね、現林住職は昭和10年にこの寺にきたという手塚禅染師。

 檀家は現在60余戸であるが、このうち80%が小楠姓で、3人の檀頭も小楠三夫、小
楠伊吉、小楠金次郎、といづれも小楠姓である。



 ところで堤における小楠一統の始祖となつた伊兵衛が住居を構えたところは六所神社南
側であったというがその後竹藪となった。


 この薮のなかに、伊兵衛家の門の土台に使ったという石が放置されていたが、堤村の開
発者であり、楠正成の流れを吸む同家の門石をそのまま雑草のなかに置いておくのは申し訳けないと好徳寺の境外堂である観音堂の前に移した。

 現在観音堂の前に置いてある25の大石がそれである。


 六所神社が堤に創建されたのは何時頃かは判らない。伊兵衛がこの土地に来た時にはす
でにあったものと考えられるが裏付けはない。


 ところで堤という地名はいつ頃から使われるようになったのかをみると保図帳の中にあ
る浜松の浦の条に


 長明の海道記に日く、引馬り此所を打過ぎ浜松の浦に来りぬ長浜砂土深くして、行けど
 も帰るが如し、堤の由、云々


とあるから、今から320年位前の正保の頃にはすでに堤と呼んでいたことが判る。


 伊兵衛はそれよりさらに300年前に土着しているわけだ。


 さて堤町における小楠一統が楠正行の流れを汲むとする説に対し堤町の現自治会長小楠
竹雄さんは
 

「近頃の学校では大楠公、小楠公の話を教えなくなり、戦後はすっかり陽かげ者になりま
 したが、私達は親から正成の血をひいているのだからしっかりやらなければいけない…
 と教えられたものです、果して楠木氏の系譜を継いでいるかどうかは疑問の余地がある
 とは思いますが、われわれはわれわれなりの解釈をしています。あえて史料にこだわる
 こともないでしよう…」


と話していた。

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