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「日本史の授業2 天皇論」井沢元彦 PHP 2012年 ④(最終) [読書記録 歴史]

「苦しみはすべて執着から生まれる」






今回は 8月 8日に続いて 井沢元彦さんの

「日本史の授業2 天皇論」の紹介 4回目 最終です。


出版社の案内には

「天皇の魂はなぜ復活してはいけないのか?徳川家康はなぜ日光東照宮を築いたのか?歴史
 の真実を知る12講義。冴え渡る井沢史観で天皇と歴史の謎を解き明かす。 」

とあります。


今回紹介文から強く印象に残った言葉は…

・「家康『東照大権現』 - 天照大神への対抗心」


・「後醍醐天皇は持明院統へ皇位を譲るのがイヤだった」


・「信長のライバルは『天皇家』と『本願寺』」




井沢ワールドのおもしろさを改めて知りました。
また、「P267まで」のメモから再読の必要性も感じました。






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☆「日本史の授業2 天皇論」井沢元彦 PHP 2012年 ④(最終)

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◇テーマ7 武士から天皇へ、天皇から武士へ

□日本の将軍は特別な響きをもつ

 将軍が軍政を布く場所だから「幕府」



□土地問題の失政が鎌倉幕府崩壊を招いた

 均分相続と長子相続  
   鎌倉時代は均分相続


 均分相続が御家人を苦しめた 
   どんどん貧乏に



□天皇家始まって以来の「島流し」の刑



□武士の心をつなぎ止められなくなった鎌倉幕府



□天皇の「倒幕の目的」は「個人の欲望」のためだった

  後嵯峨天皇 →  第2皇子後深草天皇に譲位 皇子に譲位ならず 持明院統



 → 上皇になってから生まれた子がかわいくて亀山天皇に 大覚寺統
 
         ↓

両統擁立  交互に10年ずつ


 後醍醐天皇 
  = 持明院統へ皇位を譲るのがイヤだった



□後醍醐天皇と楠木正成をつないだ朱子学



□尊皇思想のルーツは楠木正成にある

 足利尊氏  
   後醍醐天皇を吉野に追いやり(南朝)さっさと新しい天皇(持明院統)を立てて自
  分の幕府を開いてしまう



 正成  
   わがままな後醍醐に最後まで忠義(「王者」だから)










◇テーマ8 信長は天皇を超えようとしたのか ?

□頼朝と信長の考え方の違いは?

 朝幕併存
  ~ 「ケガレ思想」と「怨霊信仰」



□信長が副将軍を断った理由

 支える者となりたくなかった = ステップ



□信長は本当に天皇を超えようとしたのか

 正二位を受け官職は○す



□安土城は信長の思想を表す城だった

 信長のライバル 
  「天皇家」と「本願寺」



□神になろうとした信長、神になった家康



□信長は天皇をどうしようと考えていたのか

 家康「東照大権現」 - 天照大神への対抗心









◇テーマ9 仏教が怨霊を鎮魂する

□日本人は神道の信者である



なぜ仏教では出家するのか

「生老病死」から救われる方法は 

 → 出家 + 修行



□仏教の説く 人の苦しみとは?

 苦しみはすべて執着から生まれる



□悟りに至る方法はただ一つ 

 輪廻転生



□日本に入ってきたのは大乗仏教

 

      P267まで
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「日本史の授業2 天皇論」井沢元彦 PHP 2012年 ③ [読書記録 歴史]

「朝幕併存 … なぜ天皇家に対してだけ根絶やししないのか?
 = 武士たちの自分たちが穢れた存在であることの劣等感や『怨霊』を恐れる心」








今回は 7月22日に続いて 井沢元彦さんの

「日本史の授業2 天皇論」3回目の紹介です。


出版社の案内には

「天皇の魂はなぜ復活してはいけないのか?徳川家康はなぜ日光東照宮を築いたのか?歴史
 の真実を知る12講義。冴え渡る井沢史観で天皇と歴史の謎を解き明かす。 」

とあります。


今回紹介文から強く印象に残った言葉は…

・「天皇を退位し上皇という立場から政治を執り行う画期的な方法『院政』」


・「貴族 - 自分たちの手は汚さず(ケガレ)武士たちに代理戦争」


・「征夷大将軍
  … いちいち都の上皇・朝廷に伺わなくても鎌倉で自由に徴兵権や徴税権行使 」


・「平清盛は『武士の望み』を見落としていた」
「武家政権ではない → 平家一族のみ」
「武士の利益を計る政策をとらなかった」



井沢ワールドを楽しく味わえます。






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☆「日本史の授業2 天皇論」井沢元彦 PHP 2012年 ③

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◇テーマ5 ケガレ思想が平氏の台頭を許した

□おごれる者は一瞬にして滅ぶ  

 平家の諸行無常



□平氏と源氏の大きな違いは何か

 平氏は日宋貿易で稼いだ富で中央にカムバックした



天皇家は藤原氏に権力も税金も取られてしまい、寺院も建立できず

 → 武士団をかわいがることにより彼らの財力を引き出した
        
 平忠盛 三十三間堂を鳥羽上皇に    



□経済力と武力で平氏は中央にカムバックした

 経済力+武力


 鳥羽上皇 
  忠盛を殿上人に → 刑部卿のポスト



□藤原氏に対抗した天皇家の逆襲

 後三条天皇 ~ 「荘園整理令」 効果表れず



白河天皇 
  天皇を退位し上皇という立場から政治を執り行う画期的な方法「院政」
         

 政治の天才だった白河上皇
         

 上皇 = 太上天皇  
   公務に負われることはない       
御所をコントロール



□白河天皇が行った権力掌握へのマジック

 天皇も行政機能の中の一部 = まわりはすべて藤原氏
   
   詔勅 ~ 大臣の会議


 ◎院政 行政機構の外の存在
 
    「院宣」構成だけなのに  

 「北面の武士」



□武士は「院」のボディガードとなって勢力を伸ばした

 白河天皇は天皇として政権を奪還することをあきらめ、上皇という律令に縛られない場
所にその身を置くことを思いついた



ワンマン体制


 平忠盛の昇殿は武士の力を世に示す出来事であった!



□なぜ自衛隊を軍と言わないのか







◇テーマ6 平氏滅亡と源氏興隆の知られざる理由

□栄華を極めた平家政権

 66か国中30余が平氏関係の国司


 天皇の外祖父として権力 太政大臣



□貴族の代理戦争で源氏は負け、落ちぶれていった

 貴族
  - 自分たちの手は汚さず(ケガレ)武士たちに代理戦争


 平治の乱 
   源義朝は敗走途中に殺され、頼朝義経(乳飲み子)は捕らえられた
    ↓

処刑の運命 池禅尼の懇願で命を助けてしまう…

頼朝-流罪 義経-寺に



□平清盛は「武士の望み」を見落としていた

 武家政権ではない → 平家一族のみ
 

武士の利益を計る政策をとらなかった



□なぜ頼朝は島流しに遭わなかったのか

 頼朝の母 - 熱田神宮大宮司の娘 ~ 御曹司
 

 島流し-「蛭ケ小島」長岡周辺

  叔父の為朝は伊豆大島


 なぜ伊豆内なのか? 
   源頼政(清盛側)のはからい説



□頼朝による奇跡の大逆転勝利への秘策とは?

 伊豆で下級武士の望みを知ることができた = 「正式の所有者になりたい」

     ↓

「必ず朝廷側に認めさせるぞ、だからおれのところに集まれ」



□日本国惣追捕使任命は頼朝の力を決定的にした

 1185年 日本国惣地頭 後白河法皇と会談

  「地頭を任命する権利 + 日本国惣追捕使(ケガレ意識の押しつけ)」
   → 守護任命権 警察権



□後白河法皇が最後まで拒んだ頼朝の望みとは?

 征夷大将軍
  … いちいち都の上皇・朝廷に伺わなくても鎌倉で自由に徴兵権や徴税権行使 

     ∥
 
    天皇の権力の喪失  


 1192年 後白河法皇が亡くなる



□武士をもたない天皇は、なぜ武士に滅ぼされなかったのか?

 朝幕併存 … なぜ天皇家に対してだけ根絶やししないのか
 
               ∥

 武士たちの自分たちが穢れた存在であることの劣等感や「怨霊」を恐れる心  



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