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東井義雄さんの言葉⑧ [読書記録 教育]

今回は「東井義雄さんの言葉」8回目の紹介です

東井義雄さん
昭和時代の教育者。明治45年兵庫県生まれ。家は浄土真宗本願寺派東光寺。
昭和7年小学校教師となり生活綴方教育運動を実践。戦後は、書くことによ
る教育を展開。平成3年79歳で死去。著書「村を育てる学力」で著名。

新卒の頃より 本から森信三さん、戸田唯巳さん、平澤興さんなど多くの方
を方を知ることができ、たくさんのことを学びました。
教育者としてだけでなく 仏教者としても知られるだけに 優しい説き方に
心を動かされます。


東井さんの最後の言葉
「戦後の授業は話し合いという名前で,ほとんど討議を見せてもらった。話
 し合いが回復されるなら,子どもの像も,もう少し人間らしいものに描か
 れるようになる」
ぜひ 政治家の方に 聞いていただきたいと願います。





昨夜 勤務校の職員歓迎会がありました
普段はなかなか話す機会がもてないだけに よい時間を過ごしました
来週から家庭訪問 
このごろは 学校の便りで「玄関先での対応」と知らせが多くなりました
時間短縮のためには いいとは思います
昨夜、同僚の言葉から考えさせられました
「近頃、家庭訪問に行くと、玄関から出てきてドアを閉め、玄関の外で話を
 することもあります。家の中で赤ちゃんが寝ているからとの説明もなく。
 受け入れられていないのだなと残念に思います。家庭訪問だけでなく、来
 客時の対応に、その人が分かるような気がします。閉じている家庭が多く
 なってきたのではないでしょうか」









☆東井義雄さんの言葉⑧

1.jpg

◇身体で書くということ
○文は身体で書くもの
生活綴り方の精神 文は生活をぶつけて書くもの・文は身体で書くもの

小手先の技術に
※技術は技巧ではない。もっと主体的なもの。

○詳しくということ
1 「もっと詳しく書きなさい」
折角頑張っていることを見ようともしないで書き付けた「指導」

2 表れているところだけがすべてではない
佐古田好一校長「母親教室二十一夜」
子どもの舌足らずの表現のそこに隠れているものを誰の目にも見え表現の世界
に表していくこと

※ ないものに何かを付けて詳しくするのではない。あるにはあるのだが,沈み,
隠れているもの見えないものを見える世界に浮かべていく仕事,それこそが「詳
しく書く」ということ

3 無意識の意識化
「値打ち」の意識化・自覚化



◇段落指導をめぐって
○段落意識と相手意識  
 様々に相手を意識することが段落を生み出し,段落意識を練り鍛える

○思考の論理的修練と段落の形成 

○身体で書かせるための指導
書く必然を組織する → どんな場でもごまかさずに真実を書く

人間を鍛える → 問題を自分の問題として取り組むような教室にしたい


◇読解指導
①子どもからスタートすることの大切さ  
 本当の力は外から与えることはできない

②読みの意欲を大事にすることの大切さ

③ひとり調べの意義と集団思考の意義
「三人寄れば文殊の知恵」
  
④見直されなければならない学習帳の役割



◇板書技術
①板書を見直す

②与えるねらいと板書  まちがえ・子どもが書く場を

③板書でどう子どもの発言を取り上げていくか

④分け合う黒板・練習黒板
一通り読ませる
自由読み~分からない字・難しい字を自由に板書

※ 黒板利用の方法を考えることによって,一人の躓きの是正を通して,みんな
の力を確かなものにすることができる。
 
⑤教師の身振り手振りの延長としての黒板



◇「話し合い」の意味するもの
○「調和」の忘却

日本  出たとこ勝負・無計画

戦後25年の若者
・よく文句を言うようになった
不平・不満の目 = 巨大尊大な「自我」
いうことを聞かない

 ・衝動  →  思考  →  行動
 (思考が省かれることが多くなった)

・力のいる仕事・面倒な仕事を避けるようになった(両方とも左手)

著しい「不調和」
 
○戦後教育の中で果たして「話し合い」は育てられたか
討議  ~ 「さみしさ」が残る
自己主張によって成立  「バカヤロー」「ナンセンス」

↑↓

話し合い 討議を救うもの
聞き合いによって成立
自分を押し出すことよりも他から学ぼうとして他から吸収し
        ようとする

他を活かしながら自らを耕し豊かにする
(共感を生む)

※ 戦後の授業は「話し合い」という名前で,ほとんど「討議」を見せてもらった。
話し合いが回復されるなら,子どもの像も,もう少し人間らしいものに描かれる   
 ようになる。

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コメント 6

楽しく生きよう

討議ですか。討議は自分の意見と言うより正義をかざしてと言うことでしょうか。
話し合いはよく西洋に見られるディベートを指すと思っていいでしょうか。
本音をぶつけるように、しかも自分自身の考えを持った人間を育てないと今の大人みたいになりますね。

ドアを後ろで閉めるのはたいへん失礼なことで、私はやってはいけないことの一つにしています。逆に家の中に出来るだけお客さんを招くのが当たり前だと思います。
今の先生方は私からするといろいろしがらみや規則があるのか、玄関先で失礼しますと余りお話しできないので寂しいです。


by 楽しく生きよう (2012-04-21 08:18) 

SIBA-dog

確かに書くことは様々な要素を生み出しますね。
でも現在はあまりにも機械的、或いは事務的に
なりすぎているように思います。
人間らしい子供の像が見えてくるまでは
構築が必要でしょうか・・・
by SIBA-dog (2012-04-21 11:47) 

ハマコウ

楽しく生きよう さん  いつもありがとうございます

討議と話し合い 本を見ればはっきりするのですが…

家庭訪問 訪問する側も非常に緊張します
時間に追われているので十分に話ができず残念です
いっとき家を確かめるだけの家庭訪問を行っているところもあったのですが 味気ないものだったと聞きます
お互いが気遣い合うこと 大切ですね
by ハマコウ (2012-04-21 12:14) 

ハマコウ

SIBA-dog さん  いつもありがとうございます

昔の綴り方の本を読むことが好きで
そこに子どもたち独特の視点の豊かさを楽しみました

日記指導に心がけてきました
書くことへの抵抗感が強く 最初は 子どもたち 保護者ともに不人気でいやがられます
一年続けると 書くことに抵抗感が減った自分に気付くのか そう嫌いではないという子が増えてきます
続けることは 大切だと感じます

文章でのやりとりも楽しいものです 朱を入れるのに時間は掛かりますが…
by ハマコウ (2012-04-21 12:19) 

おれんじわに

「両方とも左手」という言葉は衝撃を受けました。なるほどね
確かに面倒な仕事をしないと言う意味だけでなく、実際に書く事もしないし、更にスマートフォンなどほんとに指1本だけになってきてますからね。名実ともに「両方とも左手」。
by おれんじわに (2012-04-21 16:31) 

ハマコウ

おれんじわに さん  いつもありがとうございます

今は教室でも 左手で字を書いたり 食事をしたりがごく当たり前に見られます 
「両方とも左手」が通じる世代も次第に少なくなっているのではないでしょうか

口は達者だけれども動かない…
子どもの世界だけではありませんね
by ハマコウ (2012-04-21 18:02) 

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