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(1)「生と死の極意」会田雄次 PHP研究所 1995年 ② (2)「幸田露伴が中国の古書『陰隲録』(いんしつろく)から学んだ大切なこと」  『こころの目で見る』鈴木秀子 清流出版 2004年 より 【再掲載】 [読書記録 一般]


今回は 10月14日に続いて 会田雄次さんの
「生と死の極意」2回目の紹介です

会田雄次さんの独自の視点
おもしろく読むことができました


もう一つ 再掲載となりますが
鈴木秀子さん『こころの目で見る』より
「幸田露伴が中国の古書『陰隲録』(いんしつろく)から学んだ大切なこと」  
を紹介します

いろいろな所で目にする文章ですが 読むたびに そうだなあと感じますが
鈴木秀子さんの解説がその思いをさらに深めてくれます 



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 行くたびに新しい感動が得られる 山田卓司さんの世界
 詳しいことはホームページをご覧になってください
 ホームページにも魅力がいっぱい詰まっています
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(1)「生と死の極意」会田雄次 PHP研究所 1995年 ②

1.jpg
 
◇伊達政宗 

 烹らるる走狗 疑心とどう対応するか

  - 兄弟 弟は疑惑を持ってみられる

    権力者の兄弟の辛いところ

  → お追従が必要


 木刀の大脇差し 
   上は下を・下は上を  疑心暗鬼

   パフォーマンスの工夫と努力
 



◇毛利元就

目的に執着せよ

毛利 尼子と大内(陶が重臣)
4~5千 3万



 執着が大切  弱点をつかれると理性を失う



最後に笑うものは粘液質的




◇帳猛談  

「智は知にあらず」


「亡びんとし存するあたわず,危なくして安んずるあたわずんば智を貴しとするなし」

 = 知識に基づいた創造的な智恵を働かせ,それを実行する力がなければ問題の解
  決は難しい
 



◇明智光秀  

 秀吉 毛利と和睦

 十日間の中国大返し
  - 光秀が秀吉の能力を低く見たための大失敗


 自らの知識・教養を誇るあまり秀吉の能力を冷静に評価できなかった
 



◇ビスマルクと徳川家康

 画竜点晴 
   パフォーマンスが必要 大政奉還


 関ヶ原の合戦 
   演出された大合戦を「天下分け目の決戦」と喧伝



パフォーマンスのおかげで300年
 

 企業も世界的成功を納めたとき,世界に認めさせるパフォーマンスをする必要が
あった
→ それをやらずに 傲慢・不遜ぶり










(2)「幸田露伴が中国の古書『陰隲録』(いんしつろく)から学んだ大切なこと」  『こころの目で見る』鈴木秀子 清流出版 2004年 より 【再掲載】

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◇幸田露伴が中国の古書『陰隲録』(いんしつろく)から学んだ大切なこと

 ところで、露伴が愛読し、明治時代に彼自身が日本で広めた書物に、明の時代に書
かれた『陰隲録』というものがあります。

 著者は袁了凡(えん りょうぼん)という明の大儒ですが、その中に、袁了凡が自ら
の体験を子供に書き残した次のような話が記されています。



 袁少年は、幼いときに父を亡くし、母の手一つで育てられますが、非常に才能に恵
まれた子供でした。

 母は、この子が成功して立身出世するためには、医者になるのが最も手っ取り早い
だろうと考えます。当時、知識階級の者がいちばん早く世渡りの道をたてる手段は医
者になることだったからです。

 袁に財力がなかったこともあって、少年は母を助けようと医者になるための勉強を
します。

 そんなあるとき、気品のある孔某という老人に出会います。

 その老人は、哀少年に向かって、「何の勉強をしているのか」と尋ねます。少年が
医者になるために勉強していると答えると、老人は袁少年をつくづくと見ながら、

「おまえは進士として立派に成功する人相を持っているから、田舎で医者になるのは
 もったいない」

と言います。

 当時、進士の試験に合格することは、知識階級の大きな目標でしたが、試験が非常
に難しく、しかも予備試験から本試験まで何度も難関を越えなければ、称号をとるこ
とはできませんでした。


 そこで、少年ははじめからあきらめていましたが、老人は、少年が試験を受けたと
きに予備試験や本試験でそれぞれ何番で及第し、進士になって出世し、何年何月に死
ぬこと、子は持たないことなどを予言します。


 それを聞いた少年はとても感激し、老人を家に連れて帰って大事にもてなしたので
す。


 以来、言われた通りに医者になるための勉強をやめ、役人になるための勉強に専念
したところ、すべて老人が言った通りになり、予備試験から本試験まで次々と及第し
ていきます。


 予言は、見事に的中し続けたのです。


 成長した袁青年は、


 人間は欲望を持って思い通りに生きようとしてもどうにもならない、と考えるよう
になります。
 運命は決まっているのだから、その運命に忠実に生き、自分が与えられた役割をま
っとうするのが最もいいことではないか、くだらぬことに煩悩したり、野心を持った
りすることは愚かであり、神様がちゃんと進むべき道を予定してくれているのだから、
下手にもがいてくだらないことを考えても、何もならないのではないか。


 若くしてそんな心境になったのです。


 
 立派な役人となった彼は、若くして悟ったので、人と競争したり、金を儲けようと
いう気持ちがすっかりなくなり、落ち着きが出て、風格が備わってきます。


 あるとき彼は、仕事の役目で南京付近の寺に滞在することになり、そこで雲谷とい
う禅師に出会います。その禅師が、袁青年に


「密かに観察していると、あなたは歳に似合わない風格を備えているようです。これ
 までどういう修業をしてこられたのか」

と尋ねます。

 袁青年は、以前は医学の勉強をして立身出世をしようと思っていたこと、ある老人
と出会って運命を言い当てられてから人間の運命はどうにもならないと悟り、いっさ
い悩まないことにしたことなど、これまでの体験を包み隠さず話します。


 聞き終えた禅師は、

「そんなことなら、おまえはまことにつまらぬ人間である。見損なった」

と大声で笑い出します。



 そして、そのような考えでは、偉人、聖人といわれる人たちが何のために学問修業
をしたのか全く意義がなくなってしまうこと、自分の運命は自分でつくっていくので
あり、「学問修業とは人間が人間をつくっていくことなのだ」と語ります。



 運命が初めから決まりきっているという考えに従うことは、学ぼうとしないことと
同じだとして、宿命というものの非を説いたのです。


 そう言われて袁青年は目を見開かれ、初めて自分がいかに凡人であったかを理解し
ます。

 それは、かなりの衝撃だったようで、「了凡」と号を変えたほどです。

 これを転機として、禅師に言われたように宿命に支配されているという意識から開
放されて、積極的に今していることに取り組み、自分の選択に責任を持ちながら、自
由な生活を始めるのです。



 不思議なことに、とたんにこれまで信じていた予言がことごとくはずれ出し、でき
ないと言われた子供が授かり、死ぬと言われた年を過ぎていくという、これまでと全
く違った流れが起こり始めます。

 こうして袁青年は、自らの力で進歩向上し、出世の道を歩み、晩年になってから、
これまでの経緯を子供たちへの教訓として『陰隙録』に書き残したというわけです。




 この教訓は、現代に生きる私たちにも大切なことを教えてくれます。

 確かに袁青年は、運命に従って役人となり、運命を受け止めることで「修業」を続
けてきました。その甲斐あって立派な役人になったのです。

 みごとな人格者であった袁役人が「了凡」となって、何が変わったのでしょうか。

 いままで通り、彼は現実をしっかり見つめ、自己を律しながら毎日、眼前の仕事に
真剣に脇目も振らず打ち込んで精進し続けました。たった一つの違いは、自分の人生
は決められているという宿命と受け止めるのではなく、大字宙が自分を生かしていて
くれるという「こころの目」を開き、大字宙との絆を感じ取りながら、よろこびのう
ちに生き始めたことです。

 彼にとって、運命に従うとは、天の配慮にこころを集中し、天が自分に求めること
を、私心なくひたすら誠実に懸命にやりとげていく、そのことの中によろこびが湧き
出るのを体験したのです。



 私たちの人生は山あり谷ありで、自分の手に負えないようなこと、思いがけないこ
とが突如として起こってくるものです。そんな逆境のときに、袁青年の生き方とは反
対に、「これは運命だから」と努力することをやめたり、失望したりして自分を投げ
出してしまえば成長はそこで止まってしまうでしょう。

「何となく生きていればいいや」とやり過ごしていれば、それこそ朦朧とした人生に
なってしまいます。

 禅師は、袁青年の生き方を否定したのではなく、より大きな人間に成長することを
促したのです。

 禅師は、人間は生きている限り想像できないほどの生き抜く底力を持っていること
を教えたのです。

 その生き抜く力を発揮するには、志を高く持ち、望みを持ち続けること。そうした
気持ちを維持するために学問をし、自分の心の切り替え方を学んでいく必要があるの
です。

 そう、まさに学問は人間が人間をつくっていく修業のようなものです。



◇鈴木秀子
1932年 静岡県生 東京大学大学院博士課程 聖心女子大学教授

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コメント 2

momiji

ご無沙汰しております(^^;)
知識と智恵は確かに違いますね。
運命と考えるか運命は変わると考えるかですね。
by momiji (2014-10-17 23:25) 

ハマコウ

momiji  さん  ありがとうございます

教科としての知識と 生活としての知識と言うものでしょうか
社会に生きること 子どもたちに身につけていってもらいたいと思っています
by ハマコウ (2014-10-17 23:50) 

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