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「宮本常一さん 教育について」 33(最終) [読書記録 教育]

「翁の話は面白かった。人が生きてゆくにはそれぞれ慣習にしたがっている。その慣習を
 やぶろうとするものがある。それがまた、争のもとになる。慣習をやぶろうとするもの
 は、慣習の悪いところだけあげてせめる。しかし,慣習が守られてきたのにはそれだけ
 の理由があった。また,新しくするといっても、それが完全であることもない。それを
 完全のように言ったり思いこんだりして,これ以外にないようなことを言う。人間とい
 うものは勝手なもので、先ず理屈で言い勝とうとする。しかし大事なのは事実である…」






大晦日です。
一年のまとめの日は、宮本常一さんの要約です。

「新年は大晦日の夜から」

うろ覚えですが、

-神様は夜訪れ、次の夜去っていく-

を思い出します。




今回は12月26日に続いて、
「宮本常一さん 教育について」33回目の紹介 最終です。


宮本常一さんの教育に関わる文章を記録したものです。
ついに最終となりました。




今回紹介分より強く印象に残った言葉は…

・「民話は一種の社会教育」


・「言葉の持つ表現力は古い時代ほどすばらしかった」


・「学校教育が古い秩序による子供の世界をめちゃめちゃにした」
- 「家庭教育は家庭に、社会教育は社会に任せて、学校は教育の一部のみに」
 という考え方にわたしは共感します。
  道徳教育は…
 

・「教育で大切なこと = 親の働く姿を見せること」






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☆「宮本常一さん 教育について」 33(最終)

1.jpg

◇民話
   
 民話は,日常生活の上で,いろいろな言葉の上での訓練,ものの考え方の基礎を,理屈
ではなしに,自分の生活とはやや離れたところでしていくことによって,おのずから身に
付けさせていくような要素を多分に持っている。



    一種の社会教育







◇民話と生活
  
□言葉の持つ表現力は古い時代ほどすばらしかった
話し言葉  →  書き言葉



□逢魔が時

 … 必ず挨拶しなければいけない



向こうが答えてくれなければ「魔物」



 挨拶で確認 
  
  → 夕方出会う人で挨拶しなかった人はほとんどない



□学校教育が古い秩序による子供の世界をめちゃめちゃにした
 
             ∥

 主体性を持った子供の世界がぐんぐん崩されていって,次第に子供が親に隷属していくかた
ちを取り始めて今日に至った。



□社会科 

 郷土芸能文化を取り込んでいこうというものだった



 教育で大切なこと = 親の働く姿を見せること

  ・子供は非常に豊かな夢を持っていた

  ・どこにおっぽり出されても泣き言は言わない

  ・どこで何をしておってもすぐ友達作りができる


 ※ 親や教師が子供を突き放すことができるか







◇村八分

□きだみのる「にっぽん部落」(岩波新書)

 村八分にならないために
 1 火事を出さないこと

2 人を殺傷しないこと

  3 盗みをしないこと

4 密告しないこと








◇「私の日本列島 佐渡編」より

 p219
 
「翁の話は面白かった。人が生きてゆくにはそれぞれ慣習にしたがっている。その慣習を
 やぶろうとするものがある。それがまた、争のもとになる。慣習をやぶろうとするもの
 は、慣習の悪いところだけあげてせめる。しかし,慣習が守られてきたのにはそれだけ
 の理由があった。また,新しくするといっても、それが完全であることもない。それを
 完全のように言ったり思いこんだりして,これ以外にないようなことを言う。人間とい
 うものは勝手なもので、先ず理屈で言い勝とうとする。しかし大事なのは事実である。
 翁が仲裁に成功したのはすべて事実の所まで引きもどして考えてもらうようにしたこと
 にあるという。」
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『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)静岡県女子師範学校郷土研究会編 1994年 ④ [読書記録 郷土]

今回は、12月14日に続いて、静岡県女子師範学校郷土研究会編による
『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)4回目の紹介です。



出版社は郷土の本を出し続けている静岡の羽衣出版。


素晴らしい本です。

採話してきた学生さんの苦労はたいへんだったと思います。





今回は、「ぼっこ山」「ダイダラボッチ」「ダイダラ坊子」の話です。 


「ダイダラボッチ」の話は日本各地に伝わっていますね。



子どもたちに話すとなかなかおもしろがってくれます。


「ぼっこ山」の伝わる浜名郡伊佐見村はナウマンゾウの発掘でも知られています。





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☆『新版 静岡県伝説昔話集』(上巻)静岡県女子師範学校郷土研究会編 ④

1.jpg 1.png

1山男、山婆、巨人、天狗の話 続き

(5)ぼっこ山 (浜名郡伊佐見村・現浜松市)

 伊佐見村伊左地に、ぼっこ田、ぼっこ山という地名がある。


 昔、琵琶湖からボツコ(モッコ)を使って土を運んで富士山を作ったときに、ちょうど
伊左地の所で、そのモッコからひとかたまりの土がこぼれ落ちて、ぼっこ山が出来たとい
う。


 また、引佐郡井伊谷村にもこれと似た伝説がある。


 この地に三合山という山がある。


 昔、ダイダラボッチという、たいそう力のある人が富士山を作ろうとして、琵琶湖の土
をモッコに入れて行く途中、モッコが採れて土がこぼれ落ち、この山が出来たという。

                                  (本多みち)







(5)ダイダラボッチ  (浜名郡神久呂村神ケ谷・現浜松市)

 昔、ダイダラボツチという大男が、近江の土を大きいモッコに入れて駿河まで運ぶ途中、
引佐郡の伊目という所で肩替えをした。


 その時、モッコの採れた拍子にモッコの目から土がこぼれ落ちた。


 その土が根本山だという。


 神ケ谷字原山に、その時大男が通った足跡というのがある。


 数年前まで窪みになっていて雨水がたまっていたが、今は開かれて桑畑となっている。


またそこから半道(半里・約二㌔)東の神にも足跡というのがあったという。


 またダイダラボッチは、浜名湖東岸の宇津山へ腰を掛けて弁当を食った。


 その時、中に小石があったので、箸で湖中に捨てたが、これが島になったという。

                                 (本多みち)







(6)ダイダラ坊子 (引佐郡三ケ日町)

 昔、ダイダラ坊子という人があって、西方から東の方へ行く途中、浜名湖の西北海岸で
弁当を使った。


 そしたら、米の中に石が混じっていたので、その石を投げると、たちまち浜名湖の中に
あるツブテ島になったという。


 そして、その人は東方に下ったが、三ケ日町只木の風越峠のふもとと、その横の峠のす
ぐ下に、ちょうど足の形をした大変大きい池がある。


 それはこの人の足跡だそうである。       
                                  (山本ふみ)


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