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「時を超える-『おばさん、ありがとう』」下 河合敦 中日新聞2019.1.22(火) [読書記録 教育]

今回は、1月22日付中日新聞「文化」人生のページの記事より、河合敦さんの、
「時を超える-『おばさん、ありがとう』」を紹介します。

拙ブログ1月17日記事の続きとなるものです。



大切なことを教わりました。


TV番組「ぶっちゃけ寺」等でよく拝見する河合さんとは別の面を知ることができました。



実は、河合さんのコラムを読むことを失念していました。
一昨日、前回の記事に へぼたさんよりコメントをいただき、『下』の記事に気づいた次第
です。
へぼたさん、ありがとうございました。


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☆「時を超える-『おばさん、ありがとう』」下 河合敦 中日新聞2019.1.22(火)
「彼が残してくれたもの  純粋な心は色あせない」

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「おばさん、ありがとう!」と題してエッセーで「NTTふれあいトーク大賞」の優秀賞
を受賞してから13年経ったある日、知己の出版社にわたし宛の一通の手紙が届いた。 


 町田養護学校(現町田の丘学園)教員時代の教え子だった勇太(仮名)の母親からで、勇太が
亡くなったという報せだった。


 まだ30歳になったばかりのことだった。


 手紙には、葬式に参列された方のコラムが同封されていた。そこには、こんな内容が記
されていた。





< 葬儀の参列者に「おばさん、ありがとう!」という一文が配られた。勇太が通ってい
 た町田養護学校の河合敦先生が書いた体験談で、小田原に遠足に行ったとき、生徒たち
 が食堂で冷たい扱いを受けてギスギスした雰囲気になったのに、勇太が発した「ありが
 とう」の一言で、食堂の店員も河合先生も、その場にいた皆が、とても和やかな気分に
 なったというのである。
読んでみて感動した。「そうか、勇太君はそんなこともしたのか」と。そこに知的障
 害者たちの素晴らしさを見た。白木の棺の横に大書してあった「ありがとう」の意味も
 よくわかった。
  息を引き取る直前、何か言いたそうだっので、お母さんが「ありがとう、なの?」と
 聞いたら、勇太は頷いたそうだ。
  勇太は、心から「ありがとう」と言える若者だったのだ> 




 そのコラムを読んで、私の心は激しく揺さぶられた。私の書いたエッセーが、ずっと勇
太と勇太の家族の心の支えになっていたのだ。恥ずかしいことに、涙が止まらなくなって
しまったのだ。


 「NTTふれあいトーク大賞」の受賞からまもなく、歴史の研究論文を「郷土史研究賞」
(新人物往来社主催)に応募して、またも優秀賞をいただいた。


 その後、雑誌などに寄稿する機会が増え、それから6年後、日本の歴史を俯瞰した『早
わかり日本史』(日本実業出版社)を出版することができた。


 この本がベストセラーになり、私は教師をしながら次々と本を出版するようになった。


 歴史の教員として採用されながら、初任校で日本史を教えることができなかった無念さ
が、執筆や歴史研究に向かわせ、結果として、歴史作家の道に進ませることになった。


 もし最初に養護学校に赴任していなかったら、勇太との出会いもなく、高校の社会科の
教員として定年まで過ごしていたことだろう。


 不思議な「縁」を感じざるを得ない。



 私は、町田養護学校で教えた後も教壇に立ち続け、50歳の区切りに教職を辞し、作家
活動や研究活動に専念することになった。


 その間、定時制高校、全日制普通高校、さらに全日制中高一貫校へと異動し、そのたび
に転居していた。


 このため、勇太の家族は、私の居所を突き止めることができなかったそうだ。そこで、
思い切って出版社に手紙を送り、私と連絡を取ろうとしたのだという。


 勇太とは、卒業以来、ついに会うことはなかったが、本を出していなければ、勇太のそ
の後も亡くなったことも知らずにいたに違いない。


 拙いエッセーが、私が作家になる道を開き、13年の時を経て、再び私と勇太、そして
勇太の家族をつなぎ合わせてくれたのである。


 勇太の棺に書かれた言葉は、勇太を見守ってきてくれた人たちへの「ありがとう」の思
いを込めたものだったろう。


 だが、それは、私自身が、そして皆が勇太に贈る「ありがとう」なのだ。


 勇太の純粋な心は、どんなに時が経っても色あせることはない。

 言葉の力は、本当に偉大だ。

 これからも私は、人びとを勇気づけ、感動を与えることができる、そんな言葉を紡いで
いきたいと思っている。勇太もそれを望んでいるはずだ。
(かわい・あつし=歴史作家、多摩大客員教授)

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