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「41本の桜」(かつての4年生国語教書より) 遠山啓 [読書記録 教育]

今回は、遠山啓さんの
「41本の桜」を紹介します。

遠山啓さんは数学者、水道方式でよく知られますが、
「自問」できることの大切さを教えてくれます。




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☆「41本の桜」(かつての4年生国語教書より) 遠山啓

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 わたしが、小学校三年の生徒のころでした。算数の時間に、先生は黒板に次のような問
題を書きました。



「120メートルの土手があります。その土手に、3メートルおきにさくらの木を植えま
 した。なん本植えたでしょうか。」



 この問題を書き終わってから、先生はクラス全体を見わたして、こう言いました。


「この問題はみなさんにはむずかしいかもしれません。よく考えてください。」


そう言って、先生はにっこりわらいました。


 みんなは、さっそくえんぴつを取って、帳面に向かって考え始めました。ぼくは、もう
一度、黒板に書いてある問題を読んで考えました。


 木と木の間が3メートルだから120メートルを3メートルで等分すればよいことは、
30秒とたたないうちにわかりました。

 ぼくは帳面120÷3=40と書き、その下に、答40本と書いて、えんぴつを置きま
した。

 そしてほかの子どもがどうしているかを見ていました。

 すると、たいていの子どもが答を書き終わっているようすでした。そして、先生が、


「できた人。」


というのを待っているようです。

 ぼくも、すぐ手を上げようと思っていました。ところが、さっき先生が、


「この問題はむずかしい。」


と言ったことが、ふと頭にうかんだのです。


「こんなやさしい問題を先生は、なぜむずかしいと言ったのだろう。少し変だな。もう一
 度よく考えてみょう。」


と、ぼくは思い直したのです。                         


 しかし、土手にさくらの木の植えてある光景を思いうかべてみたのですが、さくらの木
が多すぎて、なかなかうまくいきません。


 ぼくは、少しあせってきました。


 そのうちに、先生の「できた人」という声が聞こえて、友だちは元気に「はい」「はい」
と言いながら、手をあげています。


 しかし、先生は、ほんとうにできたのかなあ、と言いたげな表情でひとりの友だちをさ
しました。


 その友だちは、喜びいさんで黒板に出て、ぼくの考えたのと同じように40本という答
を書きました。


 先生は頭をふりながら


 「これでいいですか。」


と言いましたので、みんなびっくりして、だまってしまいました。


 ぼくは、ますます自信をなくしてきました。


 そして、ぼんやりと、教室のまどの外をながめていました。ところが、その時、はっと
思いつくことがありました。


 まどは6つあるが、柱はなん本あるのだろうか。


 数えてみると、7本あるのです。まどが6つで柱が7本。柱のほうが一つ多いぞ。

 ぼくは、うれしくなりました。

 そして、今度は、まどの数を一つへらしてみるとどうでしょう。

 まどが5つで、柱が6本になり、やはり、柱のほうが多いのす。


 だんだんそうしていくと、まどが1つしかないときは、柱が2本で、やはり、1本だけ
柱のほうが多いのです。


 今度は頭の中で、まどのほうをふやしてみました。


 それでも、やはり、まどの数より柱が1本多いことに気づきました。


 まどの柱を、さくらの木と同じ物だと考えると、いくら多くても柱、つまりさくらのほ
うが、間の数より1つ多い。間が40になる場合だって同じはずだ。だから、答は40本
ではなくて、41本としなくてはならない。


 ぼくは、うれしさでわくわくしながら、書いてあった答の所を消しゴムで消して、その
代わりに、40+1=41 答41本 と書いて、勢いよく手を上げました。


 そして、席から立って、黒板に、帳面のとおりに書きました。


「それでよし。そのわけをせつ明しなさい。」


 と、先生はうれしそうな顔で言いました。


 ぼくは、教室のまどと柱から考えついたことを、みんなに話しました。


 そのときから、もう40年近くの年月がたっていますが、ぼくは、このことを、じつに
あざやかに覚えています。


 それは、自分ひとりができて先生にほめられたからでしょうか。


 どうも、そうではなさそうです。


 それは、さくらの木を、まどの柱に直して考えるというたいせつな考え方に気づいたか
らであるらしいのです。



 ぼくは、成人して数学者になりましたが、どうして数学をせんもんに選ぶようになった
か、自分でもよくわかりません。


 しかし、数学者になるようにぼくを仕向けたのは、案外三年生のときの「四十一本のさ
くら」だったかもしれません。

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